メル友をしてくださっている如月七月様から頂きました。
2003/01/24
クロスワード・パズル
「甘いもの」
・・・ってなんだ?
ベッドにうつ伏せで横たわりながら、真司は右手に持った鉛筆で頭をごしごしとかいた。
目の前には、クロスワード・パズルの本。
昨日、令子がくれたものだ。
『城戸くん、これで少し頭の体操したら?』
と、そう言って。

ある晴れた日。
今日はバイトも休みだし、蓮は何だか用事で出かけると言っていたから、朝から花鶏の手伝いでも・・・と思っていた真司は、
「あ、真ちゃん。今日は臨時休業にするから」
と言う沙菜子の一言に、突然時間が空いてしまったのだ。

特に出かける当てもなく、仕方なく部屋に戻り、ベッドにゴロリと横たわる。
洗い立てのようなシーツの香りが、ほんのりと鼻をくすぐった。
そこで真司は慌ててガバッと身を起こす。
思い出さなくてもいいことを、不意に思い出して。
ベッドの上に蹲るように身を縮め、真司の頬がカーッと赤くなる。
チラリと上げた視線の先、隣のベッドには、カーテンが引かれていた。
その主も、まだ部屋に戻ってはいない。
「・・・・・・」
真司は緊張を解くと、再びベッドに転がった。
「・・・蓮・・・」
見かけよりずっと、逞しい腕。
広い胸。
優しい手。
・・・熱い、身体・・・
「・・・って何考えてんだよ! 俺は・・・」
ボスボスと枕に顔を打ちつけ、頭の中にしっかりと染み付いてしまったものを振り払おうとする。
「何をやっている?」
少し高めの、落ち着いた抑揚の効いた声。
小さな、ドアの閉まる音。
・・・蓮だ。
そう思った瞬間、真司は自分でも驚くほどの速さで身を起こし、慌ててカーテンを閉めた。
「おい、城戸?」
僅かに怒気を含んだ蓮の声。
「開けんなよ!」
カーテンの向こうから聞こえる真司の声に、蓮は今にも開けようとカーテンを掴んでいた手を止めた。
「・・・恥ずかしい・・・んだよ・・・」
・・・お前と、顔合わすのが・・・
ぼそぼそと小さくなっていく真司の声に、蓮は小さくため息をつくと
「・・・分かった」
とだけ言った。その後に聞こえる、もの悲しいようなドアを開ける音。閉める音。
「・・・んだよ・・・。いるんなら、いるって言えよな・・・」
枕を抱え込み、ベッドの上に胡坐をかいて座り込みながら、真司に追い出され
た形で部屋を出て行った同居人に悪態をつく。
シン・・・と静まり返る部屋の中、ようやく真司はカーテンを開けると、床に足を落とした。
『城戸・・・』
昨夜の、耳元に囁かれた甘い声が甦る。
唇に贈られた、優しい接吻の感触と共に。
「蓮・・・」
望んだのは、自分だった。
蓮は少し驚いたように、戸惑ったように・・・だが、真司を受け入れてくれた。
好きで好きで好きで・・・もうどうしようもなくて・・・
『・・・したい・・・』
風呂から戻った蓮に、そう告げた。
蓮との、初めての行為。誘ったのが自分だと思うと、真司はまた赤くなった。

想いを伝えたのは、もう随分前になる。
ライダー同士の戦いをやめさせたい、その本当の理由を、自分の中で見つけてしまった時に。
『お前が、傷つくのがヤなんだよ! そんなお前見るのが・・・』
蓮に『何故だ』と問われ、思わず口走っていた本音。
あの時の、蓮の驚いた顔が甦る。それから、少し照れくさそうに・・・
『馬鹿か、お前は・・・』
と呟いて、背を向けた。その時、少しだけ躊躇うように伸ばされた右手が、蓮の気持ちを、表しているような気がした。
慌ててその背に駆け寄り、差し出された手を取る。
蓮の手は少しだけ冷たくて、気持ちよかった。

昨夜、蓮のベッドでコトを終えた後・・・
真司は恥ずかしくて、壁際の一番隅に身を寄せて眠った。もちろん、蓮に背を向けて。
蓮は真司の気持ちを察してか、何も言わず、真司とは反対のほうに身を寄せて眠った。
今朝、真司が目覚めたときにはもう蓮の姿はなく、白い紙に几帳面な字で走り書きが残されていた。
『出かけてくる』
覚めきらない頭でぼんやりとそのメモを読み、蓮がいないという事実だけにホッとする。
着替えを済ませ、階下に下りていく。
ーーーーそれが、今から約30分前の出来事だった。

「あ〜もう! わかんねーよ、こんなの」
真司は鉛筆を放り投げると、両手でわしゃわしゃと頭をかきむしった。
ただでさえ混乱しているというのに。
「は〜・・・」
今度は仰向けにごろんとなると、天井を見つめた。
「蓮・・・」
薄闇の中、自分を見下ろす蓮の瞳は優しかった。啄ばむようなキスはやがて深く、真司を貪っていく。
自分が、どれほど蓮の腕の中で嬌態を曝したか覚えているから、真司は蓮をまともに見れない。情事の後の朝が、こんなに恥ずかしいなんて思いもしなくて。
その時、躊躇うようにドアが開く。真司はとっさに身を起こした。
「・・・飯は、どうする?」
気を使ってか、半開きにされたドアからは蓮の姿は見えない。
「・・・いいよ。適当に済ますから・・・」
小さな声で答えると、やや沈黙があった後、そうかと言ってドアが閉まっていく。
「・・・蓮」
何故、呼び止めてしまったのか・・・真司にも判らない。
「なんだ?」
閉まりかけのドアの向こう、蓮の声。
「あの・・・さ・・・」
真司は自分の気持ちを落ち着けるように唾を飲み込み、蓮には聞こえないほど小さく咳払いすると、後は一気に言い切った。
「俺のこと、呆れた?」
ドアの向こうは、無言。
蓮は真司が何を言っているのか理解できず、部屋に入って行きたいがまた真司に拒否されるのが嫌で、ドアの向こうに立ったまま動けない。
「だって俺、あんな・・・」
泣きそうに震える声。蓮はもう我慢できず、
「入るぞ」
と返事も待たずに部屋へ入ると、後ろ手にドアを乱暴に閉め、大股で真司の下へと近づく。
そしてベッドに座り込む真司の腕を掴んで引っ張り上げると、乱暴なまでに激しく唇を重ねた。
・・・その一瞬、真司の内ですべてが止まる。
膝立ちにさせられ、蓮の右手が腰に回され、左手は逃げないようにしっかりと真司の頭を抱えて。
「っふ・・・」
呼吸さえ奪おうとする、蓮の激しいキス。
角度を変え、何度も何度も微かに離れてはまた深く。
膝が、ガクガクと震えだす。蓮の腕に抱きしめられていなければ、崩れ落ちてしまいそうに。
ようやく唇が開放され、真司は長い長い息を吐いた。肺の中が、空っぽになってしまったような錯覚。
「・・・どんな姿でも、お前はお前だ。俺が・・・惚れた、な」
ーーーーーーーえ?

「食いに行くなら、さっさと支度して降りて来い」
もう、いつもの蓮だ。
「あ、う・・うん・・・」
何だかはぐらかされたような気がして、真司は気のない返事をしながら部屋を出て行く蓮を見送った。
『俺が・・・惚れた・・・』
確かに、蓮はそう言った。
顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて・・・
どうしてもにやけてしまう顔をどうやって誤魔化そうかと考え、真司は昨日この本と一緒に令子からもらった飴玉を口に放り込んだ。
甘い、ミルク味が口いっぱいに広がる。
「城戸! ぐずぐずしてると置いてくぞ」
階下から、蓮の怒鳴り声が響く。
「わかってるよ。今行くって」
真司は慌てて上着を着込むと、部屋を出た。
やっぱり・・・まだ少し恥ずかしさは残るけど・・・
蓮が、いつものように接してくれるから。
「なあなあ、なに食いに行くの?」
「お前の財布しだいだ」
「え〜俺の奢りかよ?」
「当然だ」
「ちぇっ」
小さく舌打ちする真司に、蓮は優しい笑みを投げかける。もちろん、真司は気づいていないが。
「・・・なあ、蓮・・・」
促されるまま蓮のバイクの後ろに跨り、何を思ってかまた下りる。
そして蓮の前に立つと、ヘルメットを被ろうとした手を制し、そっと唇を寄せた。
「・・・毒されたか?」
蓮とて、真司から求められて悪い気はもちろんしない。近づいてくる顔を引き寄せ、唇を重ねた。
・・・が、蓮はそれを思い切り後悔した。
真司の口の中でもう随分と小さくなっていた飴が、その舌に乗って、蓮の口の中に移動したのだ。
「甘い!」
文句を言う蓮に、真司は「仕返しだよ」と笑う。そしてさっさと後ろに乗ると、蓮の腰をぎゅっと抱え込む。
「あ・・・」
「今度はなんだ」
エンジンの音にまぎれて、蓮の少しばかり苛立った声。
「・・・なんでもない」
そう答えると、勢いよく走り出す。

『なーんだ、そうか・・・』
心の中で呟き、真司は蓮の背中にさらに身を寄せた。

埋まらなかったパズルのマス。
ヒントは「甘いもの」
答えは・・・蓮が、くれた。

end

七月様ありがとうございました。すごい甘甘って感じの二人が最高です!キャラクターも映像を見ているようによくわかって、そうそう!ってうなずいてしまうような小説です。本当にありがとうございます!

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