メル友をしてくださっている如月七月様から頂きました。
2003/01/24
snow-snow-snow

遅い初雪が、辺り一面を余すことなく白く染め替えていく。
どんよりと曇った空を見上げ、田代雪矢は小さくため息をついた。
・・・自分は、一体何をしているのだろうと。
もう、会うこともない相手を待っているなんて・・・

サクッ・・・と、雪をかむ小さな足音。
振り返った先に佇むその姿に、雪矢は驚いて目をみはった。
「・・・・・・」
細身の長身に淡いベージュのコートをまとったその姿は、まるでグラビアから抜け出してきたようだ。
「・・・オレを、呼んだだろ・・・?」
甘いテノールの声が響く。その視線に捕まえられるのが怖くて、俯き、小さくかぶりを振る。
「呼んでなんかいない・・・」
消え入りそうなほど小さな声が聞こえているのかいないのか、次第に近く、大きくなる足音。俯いたまま、地に落とした視線の先で、雪にまみれた靴の先が止まる。
「・・・オレを、呼んだだろ・・・?」
繰り返される問いに、雪矢は再びかぶりを振る。
「呼んでなんか・・・」
だがそれ以上は、声にならなかった。
ふいに抱きしめられる衝撃に。
「あんたが呼んだから、来たんだ・・・」
耳元に囁かれる苦しげな呟き。
「・・・オレを、信じてよ・・・」
包み込まれる腕の温もりに、頑なな心が解けて行く。
「・・・・三方・・・・」
そっと、その背に腕を回してみる。ほんの少しだけ、力をこめてみる。
「ユキ・・センパイ・・・」
懐かしい呼び名に、時が遡っていく気がした。

偶然の出会い、そして再会を何度繰り返しただろうか。
互いの心の中に、その存在を住まわせ始めたのはいつだっただろうか・・・

「ずっとずっと、逢いたかった。あんたがオレを呼んでくれるのを、ずっと待ってた」
深呼吸するように一度言葉を切り、ためらうように続けられた言葉は、きっとずっと、待っていたものだった。
「・・・あんたが、好きなんだ・・・」
抱きしめられた腕の力が、少しだけ強くなる。
「・・・俺も、好きだ・・・」
言葉にするのは、こんなにも簡単だったのに。
「・・・ごめんな・・・」
雪矢を抱きしめたまま、小さくかぶりを振る。そんな言葉が聞きたくて、ここに来たんじゃないと。

再び降り始めた雪が、二人の上に降り積もるまで、抱き合った身を解けなかった。

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ヒーターのきいた暖かな部屋。
閑静な住宅地の中にあっても、ひときわ立派な洋風建築の建物が、雪矢の家だった。
シックなブラウン系で統一された部屋の中、促されるままコートを脱ぐと、ゆったりとしたソファに腰を下ろす。
「コーヒー・・・でいいか?」
「あ・・はい・・・」
短く返事を返すと、雪矢は無言で部屋を出て行った。
一人残された場所で、小さくため息。
自分は本当に、ここへ来ても良かったのだろうかと。己の想いに応えてはくれたけれど、雪矢の心が分からない。
「ユキセンパイ・・・」
初めて雪矢をそう呼んだのは、いつだっただろう。
もうずっと、遠い昔のような気がする。
「・・・謝るのは、オレのほうだ・・・」
小さな呟きを吐き出し、ぎゅっと拳を握り締める。
やはり、ここにいるべきじゃない・・・
コートを手に部屋を出ようとしたとき、トレイに二つのカップを載せて戻ってきた雪矢とかち合った。
「三方・・・?」
驚いたような雪矢に小さく一礼し、その横をすり抜ける。
「ちょっと・・・」
ガシャンとカップが砕け散る音と共に、背後からすがりつく温もりに足を止める。
「また、俺を置いてくのか?」
激しく責め立てる口調に、心が凍りつく。
そんなつもりなどない。ただここにいたら、そばにいたら・・・
「・・・あんたに、何するか判らない・・・」
その瞬間、ほんの少しだけ雪矢の体が震えたのが分かった。だが、雪矢はすがりついた腕の力を緩めようとはせず、言った。
「・・・いいよ・・・俺だってもう、あの時みたいなガキじゃないんだ・・・。それに、お前の気持ちが解ったから・・・」
不自然に言葉を切り、雪矢は腕の力を緩めた。
「俺の、自分の、気持ちも・・・」
俯いていた視線をまっすぐに上げ、見つめるその瞳に迷いはなかった。
「ずっと、呼んでた。お前を呼び続けてた。・・・修・・・」
「・・・・・・・」
堪えきれず、雪矢を抱きしめる。
あの雪の中とは違う。ここには、二人を隔てるものは何もない。
触れ合う唇に、体中の熱が高まっていく。夢中で互いを貪り合い、確かめ合う。

「んっ・・・」
柔らかなシーツの感触が、素肌に心地よく触れる。
「ユキセンパイ・・・」
宥めるようにその名をささやき、キスを贈る。心では納得していても、体はあの日の恐怖をまだ引きずっているかのように強張ってしまう。
「・・・お前のせいなんだから、責任もって、忘れさせろ・・・」
自分を組み敷く逞しい背に腕を回し、雪矢はそう言って目を閉じた。
そう、あれは忘れもしない12年前。あの日も、こんな雪だった・・・

「・・・よく降りますね・・・」
生徒会室から見下ろす正門は、すっかり雪に埋もれていた。とりどりの傘の花が咲き、誰も急ぎ足で門を出て行く。
「悪いな、こんな時に手伝わせて」
机の上に散った書類を整理しながら、雪矢は窓辺に立つ修に言った。
「いいんです。別に急いで帰る用事もないし」
放課後、生徒会から出されていたクラスアンケートの回答用紙を持って来たとき、一人で忙しそうに雑事をこなす雪矢を見て、手伝いを申し出たのは修だった。
「遅い初雪だから、よく降るんですかね・・・」
「そんなことないだろ。・・・さて、あとはこれで終わりだ。もう、俺一人でも大丈夫だから・・・ありがとう」
照れたような笑みを向けられ、修はふっと視線を落とした。
突然に、自分の胸に湧き上がった衝動。こんな狭い部屋の中で、たった二人きり。
広い校舎にも、生徒はもう数えるほどしか残っていないはずだ。
そんな自分に叱咤し、言われるまま窓辺を離れて部屋を出て行こうと思った。
せめて、その衝動が全身を支配してしまう前に。
その時だ。
「あ、三方・・・手伝ってもらっておいて何にもなしじゃ悪いから、何か、食べに行かないか? 俺がおごるから」
「・・・いえ・・・」
口ごもるように小さく呟き、そばに置いてあった鞄を手に取ろうとしたとき、どうやらよそ見をしながら机を離れようとしたらしい雪矢が椅子につまずき、あろう事か修の腕の中に倒れこんでくる。
「あぶな・・・!」
受け止めた体は小さくて、軽くて・・・ふわりと、いい香りがした。
「・・・って・・・。悪い、大丈夫か?」
慌てて身を起こした雪矢が、床に座り込んだままの修をのぞき込む。
なんでもないと、立ち上がらなければならないと心は命じるのに、体は動かない。
雪矢に自分から離れてくれと言いたいのに、言葉は出てこない。
・・・最悪の結果にしかならないことは、分かっていたのに・・・

「三方!?」
ガタガタと机や椅子が悲鳴をあげる中に混ざって、雪矢が己の名を叫び、何事かを叫ぶ。
だが、何も聞こえなかった。
ただ・・・恐怖に見開かれたその瞳に、やっと、理性が戻ってきた。
「・・・・・・・」
ゆらりと立ち上がり、重い足取りで部屋を出る。
なんて事をしてしまったのかと、後悔しても遅い。雪矢は、決して許してはくれないだろう・・・

正門で、そっと校舎の3階を見上げる。生徒会室には、まだ明かりがついていた。

一人残された雪矢は、ゆっくりと身を起こし、静かに深呼吸を繰り返した。
恐怖が、まだ体中を支配している。小刻みに震える自分の体を抱きしめ、倒れた机を支えに立ち上がってみる。
膝が、震えた。だがそれを何とか押さえつけ、そばにあった椅子に腰掛ける。
はだけた胸元のボタンをはめ、ネクタイを締めなおす。
「・・・・・・・」
現実感が、喪失している気がした。
たった今自分の身に起きた事が、雪矢にはよく理解できなかった。
修の、その行為の意味も。

高まっていく熱に、遠い過去へと飛ばしていた意識が引き戻される。
修の指先が、唇が、雪矢自身も知らない快楽の場所を探り当てて行く。最も熱い昂ぶりに絡みつく指先の動きに、雪矢は声にさえならない喘ぎを何度も繰り返す。
「…ユキセンパイ・・・」
何かを躊躇うように名を呼ばれ、雪矢は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「修・・・」
自分を見下ろす修の頬を両手で包み込み、小さく微笑んだ後、キスをねだるように再び目を閉じる。
近づいてくる吐息が、やがて唇に触れる。触れるだけの、淡いキス。
「・・・あの時・・・」
雪矢は離れていく修の頬を包み込んだまま、呟くように言った。それが何を意味するのか瞬時に悟った修は、詫びるような視線を雪矢へと向けた。
「お前は、俺を、抱きたかったのか・・・?」
言葉にして確かめなければ、先へ進めない気がした。自分の気持ちも、修の気持ちも解っている。こうして、二人で素肌で抱き合っている意味ももちろん。
「・・・・・」
何かを言いたげに薄く開かれた唇はだが、何の言葉も形作ることなく、修は無言のまま頷いた。
「・・・なら、いい・・・」
雪矢はゆっくりと身を起こすと、修の首筋に腕を絡ませ、自分から身を寄せて行った。
「ユキセンパイ・・・?」
「・・・センパイは、もういらないだろ・・・」
小さく笑みを含んだ言葉が終わらないうちに、雪矢は修の唇を塞いだ。
長い長いキスが、醒めかけていた熱を呼び起こす。
「修・・・」
座ったまま、修の胸に身を預け、雪矢は自分の内に潜り込む修の指先から導かれる熱を追っていた。
「んっ・・・」
やがて、抱き合ったままゆっくりと雪矢が身を沈めていく。のけぞる胸元に、首筋に、修の紅い痣が散る。
深く深くひとつになり、熱を解き放ったのは二人同時だった。

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「・・・今度は、いつ帰ってくる?」
再会の場所は、出会いの場所でもあった。
「・・・あんたが、オレを呼んでくれたら」
どこか茶化したような言い方に、雪矢は苦笑した。

すべてはここから始まっていた。こんな、雪の日から。

不意に唇を掠めたキスにハッとする。
修は、少し分が悪そうに笑っていた。
「・・・なんか、心ここにあらずだったから・・・」
「・・・・・・・」
雪矢は僅かばかり赤くなって、再び曇った空を見上げた。
「あの偶然がなかったら、俺たち、こんなふうにもなってなかったかもな」
どこか懐かしむように、からかうように言う雪矢に、修は同じく空を見上げながら言った。
「・・・白状するとさ・・・あれ、偶然じゃないんだ・・・」
「え・・・?」
自分へと向けられる雪矢の視線を感じながら、修はそのまま空を見上げ続けた。
「・・・一目ぼれ。何とか話すきっかけ作りたくて・・・」
「・・・・・・」

日差しの当たらない雪道は、繰り返される寒さで当然のごとく凍りつき、アイスバーン状態になっていた。
そんな所をわざわざ好き好んで通らなくても、一本向こうには日の当たる大通りが走っている。
なのに何故か、雪矢はこの道を歩くのが好きだった。
転ばないよう、慎重に一歩を踏み出していく。
足元にばかり気を取られて、前から来る人影に気づかないまま。
ぶつかった衝撃に尻餅を付いたのはお互いだった。が、運悪く打ち所が悪かったのは雪矢の方だった。
「悪い! 大丈夫か?」
「平気・・・」
言いかけて立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
「・・・足、やっちゃったかな・・・?」
「・・・そうみたいだ・・・」
仕方なく肩を借りて立ち上がる。どうやら、転んだ拍子に足首をねじったようだ。
「・・・家、どこ? オレの所為だから、送ってく・・・」
結局断ることも出来ず、痛む足を引きずりながら肩を借り、家まで送ってもらう事になった。

翌日訪れた医者の診断は、軽い捻挫とのことだった。
診察室を出た待合室で、二度目の偶然が重なる。
「あれ・・・?」
気づいたのは雪矢が先だった。
「・・・その手・・・」
左手の手首にのぞくシップ薬に、雪矢は昨日の事が原因だとすぐに思い当たった。
「・・・家帰ってから、なんか痛み出して・・・」
言い訳がましく言いかけたとき、診察室から声がかかる。
『三方さん。三方修さん、どうぞ』
「あ・・・オレの番だ。じゃ」
そう言って診察室に消えていく後姿を見送り、雪矢は無人になった待合室の椅子に腰を下ろした。

「でも、怪我させたのはわざとじゃないから・・・」
「解ってるよ」
雪矢は、今更何を・・・と言うように笑いながら答えた。
すべてが運命なのだと、今ならそう思えた。
あの時怪我をしなければ、ごめんですんで終わっていたかも知れない。
あの医者を選ばなければ、それきり会うこともなかったかも知れない。
「・・・また降りだしたな・・・」
差し出した掌に雪を受け止め、すぐに溶けていくそれを握り締める。
その握った拳を背後に立つ修へと振り向きざまに繰り出し、雪矢は言った。
「毎日、ここに来てた。お前に会えるかと思って。・・・あの後」
それは、12年前のあの日。
「・・・あんたに、どんな顔して会ったらいいのか、解らなくて・・・」
会えないまま、雪矢は卒業を迎えた。
もうこのまま、二度と会えないと思っていた。
だが、再会は思わぬ形でやってきた。
大学を卒業後、雪矢は大手の総合商社に入社した。営業部で1年を過ごし、海外事業部に移動した2年目、1年後輩の修がそこへ入社して来た。
しかも、同じく海外事業部へと配属されて。
しかし、それも長くは続かなかった。

「・・・あの時も、ここだったな・・・」
懐かしげに言葉を綴るのは、修だった。
「お前が、海外赴任希望したときか・・・?」
修の言葉を、雪矢が引き継ぐ。
いつの間にかそばに来ていた修が、背後からそっと雪矢を抱きしめる。
冬の日の日暮れは早く、薄闇に閉ざされ始めたこの場所には2人以外誰もいない。
「・・・あんたのそばにいるのが、辛かったから・・・」
細いうなじに唇を寄せながら、修は呟くように言った。
「もう、6年も経つんだな・・・」
自分を抱きしめる修の手に手を重ね、雪矢は甘い吐息交じりに呟いた。
先程の熱の余韻が、体中に甦って来る。
これでもう、またしばらくは会えなくなると思えば余計に。

だが雪矢は、小さくかぶりを振ることでそれを振り払った。

「センパイ・・・?」
「・・・なんでもない・・・」
やんわりと修の体を押しやり、身を返して向かい合う。

あの日と同じだと、雪矢は思った。
違っているとすれば、それは、今度は自分が背を向けるということだけ。
「・・・じゃあ・・・元気でな」
そう言い残して、薄情なほどあっさりと背を向ける。
「セン・・・雪矢!」
初めて呼ばれた名に、雪矢は歩を止めて振り向いた。

『修!』
初めて、自分がその名を呼んだあの時が甦る。

「・・・あんたが、オレを呼んでくれたら・・・」
「・・・呼ばない」
即答する雪矢に、修は驚いたような寂しげな視線を向けた。
「・・・俺が、会いに行くから」
「え・・・?」

あの時も、そうすればよかったのだ。
今更になって、雪矢はそう思った。

「後悔するのは、もう嫌だから」
「・・・・・・」

『帰って来ないつもりなのか?』
そう雪矢に問い詰められ、修はただ黙って頷いたまま背を向けた。
その背中が悲しくて、雪矢は自分でも意識しないままに修の名を叫んでいた。
弾かれたように、修の足が止まる。そして背中越し、
『・・・あんたが、もし、オレを呼んでくれたら・・・』
声になって届いたのは、それだけだった。

海外組の同僚と、国際電話で話す機会はそれほど多くはなかった。
それでも、時折近況を聞き、元気でいることをそれとなく確かめた。
忙しくて、当分は帰れそうもないことも。

毎年、雪が降るたびにここへ来た。ここへ来て、修の言葉を思い出していた。
「・・・呼んだのは、初めてだったけどな・・・」
だから、本当に現れるとは思わなくて・・・
雪矢は自分の首にかけていたマフラーを解くと、ふわりと修の首に巻いた。
「ネクタイじゃないけど・・・いいよな」
「え・・・?」
その言葉の意味がわからず、問いかけても雪矢はただ微笑むだけで答えない。
「桜が咲く頃になったら・・・行くよ」
「・・・本当に?」
心なしか頼りなげな修の問いに、答える代わりにキスを贈る。
「・・・じゃ、な」
そして今度こそ本当に背を向け、ゆっくりと歩き出す。

「・・・約束ですよ!」
背後に聞こえた叫び声に、軽く右手を上げて応えながら。

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飛行機のビジネスクラスのシートにゆったりと身を落とし、修は大きく息を吐いた。
めまぐるしい1日だった。
夢のような1日だった。
雪矢の温もりが、まだ腕の中に残っている。
幸せの余韻に浸りながら、修は目を閉じた。

しばしの眠りに身を委ねようと。

素敵な小説をありがとうございます。
すごく奇麗な小説に感動しました。雪矢さんと修さんの切ない雰囲気がいいです!感動しました!!

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