メル友をしてくださっている如月七月様から頂きました。
2003/02/12
SWEET DAY SWEET

「笙〜、今夜台所貸して」

ある朝、唐突にそんなことを言い出す同居人、結城和哉の言葉に眉をひそめるのは、この部屋の主でもある秋月 笙(しょう)。

「何をするつもりだ?」

「・・・ケーキ、焼こうかと思ってさ・・・」

ダイニングのテーブルに肘を付きながら、両手でマグカップを包み込むように持ち、コクリと一口飲みながらそう答える。

「・・・何のために?」

キッチンのカウンター越しに聞く笙の声は、どことなく不機嫌に聞こえる。

「なにって・・・何でもいいだろ?」

「・・・・・・・」

家事を趣味としている笙は、絶対に和哉を台所に立たせることすらしない。

ちょっと拗ねたように答え、和哉はマグカップを置いて立ち上がった。

「んじゃいいよ!深見さんとこで借りるから」

その名に、ぴくりと笙が反応する。

「・・・どうしてそこで直紀の名前が出るんだ?」

「深見さんなら笙みたいな意地悪言わないし」

「・・・言わないし?」

「優しいし」

「・・・・・」

「・・・とにかく、オレ今夜は深見さんとこ行くから」

隣の椅子に置いたカバンを取り上げ、

「行ってきます」

と乱暴に言い置いて出て行く。しばらくして、玄関のドアが荒々しく閉まる音が部屋中に響いた。

「なんだよなんだよ!笙の奴!」

苛立つ心そのままの足取りで階段を勢いよく下りて行く。だがあまりに勢いがよすぎて、途中の踊

り場を回った所で足を滑らせ、思わず落ちそうになる。

「おっと」

それを、不意に伸びてきた腕が支え、和哉はその腕に倒れこむような形でなんとか体勢を整えた。

「すいませ・・・深見さん!」

お礼を言おうと顔を上げた先、優しく笑うその人物に、和哉は驚いた声をあげた。

「和哉くんか。これからバイト?」

「あ、はい。ありがとうございます。・・・あの・・・お願いがあるんですけど・・・」

「なに?」

「今夜、台所貸してもらえませんか?」

突然の申し出に、その人物・深見直紀は最初何のことか分からないように和哉を見つめ、それから

何かに思い当たったように小さく微笑んだ。

「いいよ、いつでもおいで。・・・笙には却下されたんだろ?」

その名を聞いた途端にムッと表情を歪め、力強く頷く。

『・・・それでも、笙の為に何か作ってやるのか・・・』

内心でクスリと笑い、直紀はポンポンとあやすように和哉の頭を軽く叩いた。

「深見さん・・・?」

「幸せ者だな、笙は」

その言葉をどう取ったのか、和哉は真っ赤になって一礼すると、また慌てて階段を駆け下りて行った。

「待ってるよ」

その後姿に声を掛け、直紀はゆっくりと階段を上がり始めた。

一方部屋に残った笙は、乱暴に洗い物の続きを済ませながら、溜息をついた。

和哉とけんかをするのはいつものことだし、その事自体はたいして気にならないのだが、何故今日に限って直紀の所に行くなどと言い出すのか。

その時だ。

玄関のチャイムの音に、何故か嫌な気分になる。

心のどこかで、出なくていいと叫ぶ自分がいる。・・・が、鳴り続けるチャイムの音を無視し続けられ

るほど、笙は我慢強くなかった。

「どなた?」

不機嫌をあらわにした声で、乱暴にドアを開ける。そこに立つ人物に、笙は果てしなく後悔した。

「よう、おはよう」

「・・・何の用だ?」

「今そこで和哉くんに会ったぞ。今夜台所貸して欲しいって頼まれたから、いつでもおいでって言っといた」

笙の問いは完全無視の上、勝手知ったる他人の家とばかりにずかずかと上がりこむ。

「おい、直紀」

「心配ならお前も来たらどうだ?」

リビングから響く声に、笙は諦めたように溜息をついた。

「和哉くんは、お前の為に何か作るつもりなんだろ?」

ソファに腰掛け、今にもタバコに火をつけようとする直紀に言い放つ。

「ここは禁煙だ。何度言えば分かる?」

「ああ、そうだったな」

しれっと言ってのけながら、くわえたタバコをもとに戻す。

「お前、明日がバレンタインだって知ってたか?」

意味ありげな笑みで笙を見つめ、直紀が問う。笙は僅かに視線を泳がせながら、直紀の向かいのソファに腰を下ろした。

確かに、世間が妙に浮かれているのは知っている。

笙ほどのいい男を世間の女性達が放っておくわけもなく・・・

確かに毎年、迷惑なほどのチョコレートを貰いはするが・・・

「付き合い出して初めてだろ?和哉くんなりに祝いたいのさ」

「・・・・・・・」

そんなこと、考えてもいなかった。

和哉が、自分にチョコレート(もしくはそれに類するもの)をプレゼントしようとしてくれているなど。

「いじらしいじゃないか。そんな気持ちも分かってやらん相手に・・・」

はあ〜っと殊更大仰に溜息を吐いて見せながら、チラリと上目遣いに笙を見やる。

何事か考えているように、深く眉間にしわを寄せるその表情に小さく苦笑し、立ち上がった。

「ま、そういうわけだ。帰りはオレが送るから心配するな」

実のところ、直紀は和哉を誘いに来たのだ。

もっとも、直紀の一番大切な恋人に頼まれての事だが。

「その方が心配だ。帰りはオレが迎えに行く」

聞こえていないかと思ったら、しっかり返事が返ってきた。

「じゃ、そういうことで」

背を向けて出て行こうとする後姿に、笙は不審に思って声を掛ける。

「・・・お前、何しに来たんだ?」

「ああ、用事は済んだから来ることなかったんだけどな。一応報告に」

その言葉の意味を理解したのは、直紀がドアの向こうに消えてしばらく後のことだった。

その夜、深見邸。

「いらっしゃい、和哉さん!」

笑顔で出迎えてくれたのは、直紀の恋人の拓海。実は笙の弟で、顔立ちはやはりよく似ている。

とはいえ、拓海のほうが100万倍くらい可愛げがあるのだが。

「こんばんは、拓海くん。ごめんね、突然」

「とんでもない!僕のほうがお願いしたかったんですから」

屈託のない笑顔で言われ、和哉も微笑んだ。

買って来た材料を並べ、エプロンを着けて、準備はOK。

「和哉さんは何を作るつもりなんですか?」

「・・・チョコレートケーキ。あれで笙、ケーキとか好きなんだ・・・」

甘いのは苦手みたいだけど・・・と少しはにかんだように笑う和哉はとても幸せそうで。

兄弟とはいえ、幼い頃に離婚した両親に別々に引き取られた笙と拓海は、お互いの趣味趣向など知るわけ

もなく。

「・・・僕にも、作れるかな・・・」

「もちろん!一緒に作ろうよ」

仲良く台所に立つ二人の姿を満足げに眺める人物が一人。

言わずと知れた、この家の主である。

「美人が2人、台所に立つ図ってのもいいもんだな」

「深見さん?」

「直紀はあっち行ってて!」

何を言われているのかわからない和哉と、真っ赤になって追い払おうとする拓海。

クスクスと小さく笑い、言われた通りに奥のリビングへと戻って行く。

「・・・ごめんね、和哉さん」

「あ、いや・・・。拓海くんは、深見さんの為にごはん作ったりするんだ?」

「・・・日本にいられる時だけですけど・・・」

ピアニストである拓海は、1年の大半を海外で過ごしている。

「そっか・・・」

それでも、拓海が少し羨ましかった。

笙の作ってくれる料理はどれもすごく美味しくて、文句の付け様子はないんだけど・・・時々、ふっと思う事がある。自分も、笙の為に何か作ってあげたいと。

だから今日は、バレンタインを口実に、笙のためだけにケーキを焼こうと思って・・・

「なのに笙のやつ〜!」

朝のことを思い出し、またまた怒りが湧いてくる。

その隣で、拓海がクスクスと笑う。

「・・・僕は、ずっと兄さんといられる和哉さんが羨ましい。ないものねだりですね、お互い」

「・・・・・・・」

ずっと一緒にいたいと思っても、それを叶えられない拓海と。

美味しいものを作ってあげたいと思っても、それを叶えられない和哉と。

「・・・似たもの同士かな、オレ達」

そう言って和哉が微笑むと、拓海も小さく微笑んで頷いた。

そうして出来上がったザッハトルテは、愛情ぎっしりの特別製。

大事に箱へしまえば完了。

「明日の本番を待つばかり」

出来栄えに満足し、和哉は腰に手を当ててウンウンと頷く。

と、来客を告げるチャイムの音。

「・・・誰だろ?こんな時間に・・・」

時計はすでに、午後11時を回っていた。

「やっば!オレ帰らなきゃ!」

「こんな時間に?泊まっていけば・・・」

「・・・でも、朝一番で笙に渡したいから・・・」

少し照れたように呟く和哉に、その気持ちが分かりすぎる拓海は頷いた。

「そうだね・・・。あ、じゃあさ、直紀に送ってもらったら・・・」

「え、いいよ。まだ電車もあるし」

「でも・・・」

その時だ。

「帰るぞ、和哉」

聞きなれた声が台所の入口から降ってくる。

「・・・笙・・・?」

「まったくいいタイミングだな。これから連絡してやろうと思ってたのに」

「お前のトコなんかにいつまでも居らせられるか」

「信用ないな〜」

「とにかく、用事はもう済んだんだろう?帰るぞ」

和哉が大事そうに抱えたケーキの箱をチラリと見やり、笙はさっさと背を向ける。

「あ、笙!」

慌ててその後を追おうとして、残される拓海と直紀にペコリと頭を下げた。2人は笑みを浮かべ、そんな和哉を見送った。

「・・・兄さん、独占欲強すぎだよ・・・」

2人の消えたドアを見つめ、拓海は小さく呟いた。

車に乗り込むと、殊更気まずい雰囲気が漂い始める。和哉は膝に置いた箱をぎゅっと抱きしめ、チラリと運転席の笙を見やる。その横顔はキリリとしていて、思わず見惚れてしまうほどだ。

そんな自分にハッとし、思わずブンブンと頭を振る。そんな和哉を視線の端に止め、笙はどこか分が悪そうに呟いた。

「・・・今朝は、悪かった・・・」

「え・・・?」

思いがけない言葉に、和哉は何も言えない。

「お前の、気持ちも考えずに・・・」

「・・・笙・・・?」

誰もいない静かな夜道で車を寄せて止めると、笙はハンドルにもたれかかるようにしながら、じっと前方に広がる闇を見つめ続けている。そして和哉は、そんな笙の横顔を。

沈黙のまま、時だけが過ぎていく。

不意に、それを破るようなアラームの音。

自分の腕時計だと気付き、和哉は慌ててリセットした。

午前0時。日付は2月14日に変わっていた。

ふと、笙の手が和哉の膝に置かれていた箱を取り上げ、後部座席へと移動させる。

それを視線で追う和哉の頬に笙の手が触れ、やがて唇が塞がれる。

・・・そっと、触れるだけのキス。

「笙・・・」

呟く名を封じるよう、再びのキス。

今度は少しだけ、長く深く。

「今日のデザートは、決まりだな」

甘いキスに酔っている和哉に、笙は優しくそんなことを囁いた。

そして和哉を抱きしめ、その柔らかな髪をくすぐるように指を絡め、唇で触れる。

「・・・笙・・・」

熱を持った声で名を呼ばれ、笙も自身が熱くなるのを感じた。

「・・・連れてって・・・あそこがいい・・・」

2人が、初めて体を繋げたあの場所へ。

気だるく横たえた体に、朝の光が容赦なく降り注ぐ。

真夜中、もてあます熱を抱えた体は、ただお互いを欲していた。崩れるようにベッドへと身を落とし、そのまま激しく抱き合った。

カーテンのことなど、まるで気にも留めないままで。

「ん・・・」

眩しさに目を細め、ゆっくりと和哉が目を覚ます。

隣に横たわる笙は、まだ眠っているようだ。

「・・・・・・」

そっと、唇に指先を這わす。形のいい薄い唇は、少しだけ乾いていて・・・和哉は自分の唇を舌で濡らし、そのままそっと触れ合わせてみた。湿り気を帯びた笙の唇に満足したように、和哉はゆっくりと身を起こす。それでも、腰の辺りに走る鈍い痛みは否めない。

久々の逢瀬で、嬉しくて。

笙が、自分に触れてくれることが。

「・・・大好きだよ。笙・・・」

小さく呟いて、ベッドを下りた。

脱ぎ散らかしたままになった服を着込み、階下へと降りていく。

広すぎるホールを抜け、玄関を出た。

山の上に位置するからか、少しだけ冷たい風が頬を打つ。

胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込むように、大きく深呼吸を繰り返す。そうして大きく伸びをしたとき、後ろからそっと抱きしめられた。

「笙・・・起きたんだ」

「ああ。・・・お前が居なかったから、驚いた」

苦笑しながら告げる笙の唇に軽いキスを送り、和哉も微笑む。

「あんまり、天気がよかったから」

「そうか・・・」

抱き合ったままの二人の間を、ゆったりと風が渡っていく。

「・・・おなか、すいたな・・・」

思い出したように呟くと、笙は抱きしめていた和哉を解放し、言った。

「今日は、お前の料理にしよう」

「え・・・?」

「うまいもんじゃないと、食わないがな」

少しだけ意地悪に、笙は告げた。

「・・・オレ、作っていいの・・・?」

和哉の不安そうな問いに、笙は黙って頷いた。

それに、見る見る和哉の表情がほころんでいく。

「・・・っしゃー!すぐにすっげーうまいもん作るから!」

嬉しそうに、玄関の方へと一目散に駆けて行く。その後姿を見送り、笙は自嘲気味な溜息をひとつ。

今日の料理の結果によっては、台所の使用を許可してもいいか・・・と。

そうして差し出された料理は、どれもすごく美味しくて。

笙は、先程考えていたことを和哉に告げた。

和哉は最初すごく驚いて、何度も笙に確認して、それから飛び上がりそうなほどに喜んだ。

食事を済ませ、デザートに和哉の作ったケーキを食べて。

のんびり穏やかな時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか夜の闇が辺りを覆い始める。

「・・・そろそろ帰るか・・・」

そんな笙の呟きを合図に、二人は車に乗り込んだ。

「なあ、笙・・・」

「なんだ?」

「・・・来年もさ、こうやって過ごしたいな・・・」

「もう今から来年の話か?」

呆れたように、だが笑みを含んだ口調で言う笙に、和哉は力強く頷いた。

「来年も、その次も、ずーっと笙はオレと一緒に過ごすの」

売約済みだから。と笑う和哉に、笙もそうだな・・・と答える。

幸せな幸せな、恋人達のバレンタインが終わろうとしていた・・・

end

素敵な小説をありがとうございます。

暖かい、バレンタインって感じの小説!! 笙さんと和哉さんはとっても幸せなんだろうな…。って感じました。個人的には、拓海さんが好きかも…。なんて感じました。

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