2008/02/25
NarcissNoirの面影
 

.Hiroki'sRoom P.M.09:54

 部屋のドアを開けた途端鼻を掠めたNarcisseNoirの香りに、沢原裕樹は大きく溜息を付いた。
  あの女が来たのか…。
  あの女とは大嫌いな母親の事だ。
  元モデルで、今はデザイナーなんてものをやっているほど、自分の美しさに自信があり、派手好きで、男にだらしない母。
  彼女が時々自分の過去を振り返るときにつけるのは、フランスのCARON社の香水NarcisseNoirだった。
  まったく迷惑な話だ。
  ずっと一緒に暮らしていない母親としての懐古心からか、勝手に裕樹の部屋来る。裕樹が嫌がっているのも知っていて、わざと自分が来ていましたよと判るように香水の残り香を残して…。
母を嫌っている裕樹は、こられるのも嫌だけれども、足跡を残されて帰られるのはもっと原田だ叱った。
  大きく溜息をもう一度付いた後、玄関に備え付けられて靴箱の上にある白い陶器で出来た灰皿の上にカギを投げ捨てるように置いた。それから靴を脱ぐと、足元を見た瞬間、初めて自分物ではない大きな汚れているスニーカーに気付いた。
  圭一だ! 本橋圭一が来てる!!
  来て欲しくない女の匂いすら忘れられるほど待ち望んでいた男の来訪だった。
  圭一は裕樹が大好きだった父のアシスタントをしていた男だ。過去形なのは、すでに裕樹の父が他界しているから…。父が他界してからは、裕樹の父への思いは一気にアシスタントだった圭一に向かった。
  それは圭一が父に似ていた所為もあった。そして生前父が忙しい母に変わって、裕樹の面倒を見るように圭一に頼み、忠実に今でも守ってくれている男だからかもしれない。
  それこそ、食事からベッドまで…。
  子供っぽい思いかもしれないけれども、自分を大切にしてくれている圭一が裕樹は大好きだった。
  天秤に乗せると複雑になる気持ちを追い出すように、息を吐いた。それから母が履いたらしい客用のスリッパの所為で、横に寄せられられていた自分のスリッパを調えてから足を入れて、部屋に上がる。
  母に関しては、どんな小さなことをしても苛立つ。
  子供の頃は、ここまで憎しみにすら似た苛立ちまでは感じなかった。
  すべてのトリガーは、大好きだった父が亡くなった前の晩だった。
  母は見知らぬ男の部屋にいた。
『淫乱、尻軽、あばずれ…』
  白い布を顔にかけ、もう動かなくなった父の病室にあの女が駆けつけてきた時、叫んだ言葉だった。
  あの日の母は、驚くくらいに奇麗にきちんと化粧をして、今日とお同じNarcisseNoirをつけていた。
  益々落ちてくる気分に小さく溜息をついた後、ダイニングに繋がる扉を開ける。
  部屋には暖かい灯りと、嫌な香水の残り香を消すような美味しい食事の匂いが漂っていた。
「圭一…」
  呟きような声は相手には届かず、ただもくもくと料理を盛り付けている。
  衝動のまま早足で、近づくとキッチンで料理に夢中になっている男を見つけると縋り付くように後ろから縋り付くように抱きついた。
「ぁ…、危ないでしょう? 裕樹さん…」
  抑えられない不安を打ち消すように、裕樹は汗の匂いがする圭一の背に顔を埋めた。
  まるで何処か判らないところから噴出してきそうになる涙を抑えるようにして…。
  圭一は小さく息を吐くと、何もなかったように料理を再開した。
「裕樹さんに頼まれていた香水ビンが出来上がったので、持って来ました。裕樹さんが調香する優美な香水に合えばと、作ったので後で見ていただけますか?」
「…」
  圭一はフライパンから手を離すと、無言のまま自分の背中に張り付いている裕樹の手に自分の手を重ねた。
  厚くて所々皮が硬くなっている圭一の手。
  たこが出来ているこの手で裕樹の躯が慈しむように撫でられ、そしてこの太い指が秘部を暴く。
  けしてセクシャルな訳ではない。
  それでも熱くなる躯。
  この男に抱きしめられると考えるだけで、裕樹は体温の上昇するのを感じた。
「裕樹さん…。そういえば先ほど奥様がいらっしゃいました…」
「そうみたいだね…。おかげで部屋中あの女の匂いがぷんぷんだ…」
「NarcisseNoir …ですね。奥様に似合っている…」
  裕樹は圭一にお前は誰の見方だと問うような厳しいい視線を向けた。裕樹の思いを知らないはずのない圭一は、反省するように視線を一回下げた後、すまなそうな表情をしながら言葉を繋げる。
「明日、来シーズンのデザイン発表パーティがあるのでと…、それで裕樹さんの服を持ってこられて…」
  裕樹は視線を服の置かれているソファーに移した。
  自分の事を利用することしか考えていない母。
  今日持ってきた服だって、それなりに見た目に自身のある自分の息子に着させて宣伝したいからだけなのだ。
  いつだってそういう女だった。
  父が亡くなる前からずっと人を利用することばかりを考えていた。
  渋い顔をして服を見つめている裕樹に、圭一は小さく息を吐くと優しい笑顔を向ける。
「私も…、招待されましたから、ここずっと釜にこもっていたので気晴らしになると思いますし、よかったら一緒に行って下さいますか?」
  裕樹は圭一の背に顔を埋めたまま小さく頷いた。
  圭一が裕樹の気持ちに反して、母親の顔を立てようとしているのは見え見えだった。
  けれどもわざと気を使って本意を言わない圭一となら、一晩くらい嫌な女がいるパーティー出てもいいかもしれない…。
  圭一はいつも裕樹の事を考えてくれる。だから裕樹がなんでこんなにナーバスになっているのか、判っていても追求をしないていてくれる。
  追求しないだけではなく、可哀想な子供だと同情もしない。裕樹は圭一のそんな優しさがとても心地よかった。
  圭一はいつでも裕樹が安心できる空気みたいなものをくれる。
  しばらくの無言の温もりに、裕樹は触れていた。
「さっ、裕樹さん、おかずが出来ましたから、そろそろご飯食べませんか?」
  出来立ての料理を皿に手早く奇麗に盛ると、ずっと後ろにこびり付いていた裕樹の腕をほどいて、優しく圭一は笑顔で見下ろしている。
  圭一はどこかの展示会で父のガラス細工を見て惚れたらしく、高校に通いながら弟子入りした。そして仕事を覚えながら、裕樹の色々な相談相手にもなってくれた。
  裕樹がまだ小学生だった頃の話だ。仕事で海外を飛び回っている母を嫌っていた裕樹は、ずっとガラス工芸を極める職人としての父親を恋慕の対象に願っていた。圭一が高校を卒業してアシスタントになっても自分の面倒を見てくれていた圭一と、特別な関係になるのにそれほど時間はかからなかった。
「料理なんて後でいいから…、しよう…。ねっ、先に抱いて…」
  解かれた手をもう一度圭一の躯に回した。それから裕樹は自分を支える大木の様にがっしりしている胴に甘えるように、頬擦りをした。
「裕樹さん…、ちょっと待って下さい…」
  裕樹視線から逃れるように目線をそらし、戸惑う口調の圭一。
  しかし言葉とは反対に、圭一は持っていた皿をキッチンの安定した所に置いた。
  空になった圭一の腕は、自然に裕樹の腰に回ってくる。
「裕樹さん…」
  太くて、がっしりしていて、そして人間が暖かいのだとはっきりと教えてくれる圭一の腕。
  初めて抱き締められた時、裕樹はまだまだ身長が低く圭一がとても大きく感じた。今でもがっしりしていて筋肉質の体型には変わりが無い。けれどもあれから十センチ近く伸びた裕樹と、圭一との身長差は十センチ程度だった。
  それでも仕事で付いた無駄な脂肪のない、たくましい腕に抱きしめられると裕樹の躯は従順に反応を示してしまう。
「圭一…」
  性的な欲望の制御するスイッチが入った裕樹は、熱い視線で圭一にキスを強請った。
  誘うように微かに開かれた裕樹の唇は、彼の熱のありかを良く知っている圭一には紅を引いているように薄らと輝いて見えてくる。
「裕樹さんは、おねだり上手でしね…」
  少しだけ呆れている口調の圭一は小さく息を吐くと、引き寄せられるように唇を重ねた。
  薄くて柔らかい裕樹の唇は、圭一に取って最高の性感剤になる。
  圭一との関係は、裕樹から仕掛けたものだ。
  こうやって裕樹に応えてはくれるが、心の中では圭一がどう思っているのかは、いささか不安が残るものだった。
  そんな真実を追究する必要などなかった。
  裕樹にとっては、こうやって自分に応えてくれて、忘れないでいてくれる。それが裕樹にとっては重要な事だった。
  裕樹は圭一の首に両腕を回すと、口付けをもっとしたいと求めるように上目づかいで圭一を見つめると、躯の距離が一センチも開かないようにぴったりとくっつける。
  お互いに上昇する体温。
  貪るという言葉が相応しい口付けは、キッチンに二人の唾液に混ざり合っているのだと判る音を響かせている。
  欲しがりの裕樹には、情熱的なキスも直ぐに物足りないものに変化し、圭一を求めてツンと膨れ上がった乳頭やズボンをきつくしているペニスをまるで動物がマーキングでもするようにこすり付けている。
  早く圭一の手で開放して欲しいのだと訴えるように。
  それでもなかなか自分に直接触れてくれない圭一。
  焦らしているのではない、彼は自分をいたわりながら抱いてくれるのだ。
  そんなまじめな圭一にじれるように、裕樹は自分舌で唾液がどちらのものか区別が使いくらいに口蓋を舐めまわしながら、早く服を脱がしてくれと懇願するように躯をくねらせる。
  それでもなかなか思うように手の伸びてこない。
  圭一らしい。
  けれどもそれでは自分は絶えられない。
  裕樹は圭一の腕を掴みわざと大きく天井を仰いでいるだろう部分を触れてもらう。
  そして興奮で熱くなった息を吐きながら、圭一を見つめる。
「早くあの女のことなんて思い出せないくらいにむちゃくくちゃにしてくれ…、圭一…」
  圭一は小さく息を吐いた後、裕樹の額にキスを落とす。
「本当に、裕樹さんはずるいですね…。寝室に行きましょう。ここでは危ない…。貴方に怪我をさせてしまったら一大事だ…」
  几帳面な圭一が使っていたとはいえ、キッチン。何があるか判らないというのだろう。
  裕樹は心に染みてくる優しさに笑みをこぼしながら、頷くと自分の腕を掴んで寝室に向かう圭一の後を静かに付いて行った。
  しかしいったん寝室のドアを閉めてしまえば、もう誰彼はばかることなどないのだ。
  乱暴にお互いの服を脱がせ合い、転がるようにベッドの上に乗ると足を絡ませ、ただ貪る様に唇を逢わせた。
  キッチンでした、強請るようなでもなければ、誘うようなものではない。
  一旦スイッチが入れば、圭一のキスもセクシャルなものに変化する。
  そうなれば目指すところは二人とも一緒だ。
  湯気でも立ちそうなほどに一気に上昇する体温。
  しっとりと肌をぬめらせる汗。
  こうなれば駆け引きや欲情を煽るための言葉などいらない。
  ただ躯で相手を求めるだけなのだ。
  裕樹は両足を大きく開いた後、自分の上に覆い被さっている圭一の背に絡ませてた。
  まるで早くその先に隠れている普段は慎ましやかな部分を圭一に暴いてくれと言わんばかりに。
  積極的で早急な裕樹とは反対に、圭一は自分の下で身悶えている人物の首筋から順に、何かを確かめるように唇を落としていく。
  少しかさついた唇。ざらついた舌が躯を這う。
「圭一…、早く…」
  熱視線を向けてうずうずと身悶えながら、懇願する裕樹。
  圭一の方は、わざと焦らしているのではないかと思えるほど、じっくりと、まるで裕樹の滑らかな肌を味わっているかの様に舌を這わせていく。
  けれども圭一のざらついている舌で、鎖骨をそしてツンと勢い良く尖っている胸の突起や乳雲を舐てくる。リアルな舌の感覚に裕樹の分身は耐えられずに、ピクリ、ピクリとまるで痙攣でも起こしているように圭一の腹に抗議をしている。
「…ねぇ…、圭一…、いやっ…だ、そんなんじゃ…」
  喘ぎ声まじりの裕樹の願いだった。
  早くもっと直接的に感じる部分を触って、圭一の楔のように分身で自分の躯を貫き、乱暴も強請って欲しいのだ。
  股の間にいる圭一の分身も、裕樹と同じように興奮して涎を流しているのだ
  早く達したい…。
  その言葉だけしか頭に浮かばなくなってしまいそうで、裕樹自身恐くなる。
  もどかしいほどゆったりした動きを留めるように、両腕を自分の両足の間で主張している屹立をつかみ、まだならしてもいない狭い筒の入り口に擦り付ける。
「裕樹さん…」
  早く繋がりたい。
  その思いを直接的に伝えてくる裕樹。可愛らしくツンと尖っていた胸から顔を上げた圭一は、熱っぽく自分を見つめている裕樹の視線に苦笑した。
  圭一が抱き締めていても、裕樹はいつも自分の思い通りに求めてくる。
  いやなわけはない。
  むしろ、自分を求めてくれるのだとはっきりと行動に表してくれる裕樹の姿が圭一には嬉しかった。
  裕樹のしたいように、望むことをしたい。
  笑みを浮かべた後、圭一はフルフルと自分の腹を濡らしている液体をすくうと、欲しがりな裕樹の足の奥に隠れた狭い入り口にそっと手を伸ばす皺になっている部分に粘つくものを擦り付ける。
「ぅん…」
  途端に裕樹の口元からは次を期待する甘い吐息が漏れてくる。
  抱かれ好きな裕樹の狭いはずの入り口は、今も赤く充血してふっくらとはれ上がっている。
  裕樹の躯を自分のものにした別の誰かに圭一は嫉妬しながらも、何も知らないようにひだを掻き分けて指の先を燃え上がるようにたぎった狭い筒に押し込めた。途端まだ躯の中で欲情の炎がすすぶっているらしき裕樹は、ますます指で触れている部分よりも、もっと奥にあるものを求めてくる。
 
  早く繋がって最上級の場所にたどり着きたい。
  けれどもまだ開花すらしていない蕾には二人の欲望をそのままぶつけるには荷が重い。
  圭一は一回右手を裕樹から離すと、ベッドサイドに置かれたチェイストの中に仕舞ってある潤滑剤を取り出し、たっぷりと手の平に透明の液体を乗せた。そして裕樹を待たせないように手早く手の平で先走りの液では緩みきれない部分に塗りこんだ。
「んっ…、あっ…」
  滑った指が躯の中に入った瞬間、裕樹はびっくりして今まで恍惚になり閉じられていた瞳を思い切り開くと、躯を陸に上がったばかりの魚の様に跳ね上げた。
「大丈夫ですか? 裕樹さん…」
  裕樹の姿に驚き手を止める圭一。
  不安そうに覗き込む圭一に、裕樹はまるで客を口説いている時の娼婦を思わせる色っぽく熱のこもった視線を送る。
「冷たかったから…、驚いただけ…、続きをしよう…。早くもっともっと気持ちのいい場所まで連れて行って…」
  ここで止めるなんて野暮なことを言わせないように、裕樹は首の後ろに右手腕を回して引き寄せると逆の手で圭一の少しだけ萎えかけている部分をゆるゆるといじりながら、開いていた瞳をゆっくりと綴じてキスをする。
  最初は啄むようにゆっくりと…。
  しかしそんな甘っちょろいキスではすぐに物足りなくなった裕樹は、圭一の両足に自分の足を絡めながら、口腔をすべて奪い取るような勢いで貪り始めた。
  情熱的な裕樹に少しだけ圧倒されながらも、それでもそんな姿が嫌いでは無い。むしろ可愛いとすら思ってしまう圭一は、情熱的なキスを受けながら鼻から嬉しい笑みをこぼした後、潤滑剤で濡れた指を裕樹の後蕾を濡らしていく。
  指を入れた瞬間、ほんの一瞬だけ裕樹の眉間に皺がよる。
  しかしそれよりもまさる熱情と体温で入れた指が自由に動ごかしてもそれほど躯に負担をかけないようになったころには、裕樹の口元からは甘い息が漏れてくる。
  そしてすぐに一本の指では足りないと主張するように、腰が今以上の快感を求めて艶めかしく揺れ、足が痙攣を起こしているかのように時折引きつり、腹がぴくぴくと波打っている。
  圭一は指を狭い筒を傷つけないように一本、二本、三本と増やして行くと、裕樹は瞳に涙を微かに浮かべながら甘い吐息を漏らしている。
  今まで圭一が知っている人物よりも艶めかしい裕樹。
  口元を緩ませて、ただ快感だけに酔っている性欲を益々かき立てる裕樹の姿を見れば、圭一自身がグンと力を持ち指では耐えられない気分が増してくる。
「裕樹さん、ちょっと早いかもしれませんが…。裕樹さんの中に入りますよ…」
  同意ではない。
  ただの確認なのだ。
  行為に酔っている裕樹に対して、本当はこんな確認は必要ない。
  しかし裕樹を大切にしたいと思っている圭一にとってはこの確認は通過儀礼なのだ。
  裕樹は大きくは反応を示さない。しかし微かにウンウンと頷くと自分から受け入れやすいように足を軽く広げた。
  自分の無理強いではない安心感を深めるように、圭一は微かに口を開いてもっと強い熱の固まりを期待している裕樹の額にチュッとキスを落とすと両足を自分の肩に乗せた。
  それから自分が入りやすいように裕樹の腰に所在なさげにベッドの下に転がっていた枕を置くと自分自身に潤滑剤をたっぷり塗りこんでいっきに裕樹の窄まりを貫いた。
「ぁっ…んっ…」
  開花しているとはいえ普段は慎ましやかな蕾、灼熱の棒を受けた衝撃はあるらしく、裕樹の口からは苦痛を感じる声が漏れる。
  けれでもいったん繋げてしまえば、圭一の方は引き分けにはいかない。
  ゆっくりと傷つけないように、腰を回せば苦痛で皺の寄っていた眉間が緩み、今度は官能に包まれている満足げでうっとりとしたそれこそ色っぽいという言葉がぴったりとあうそんな表情に変化していく。
  欲しがりの裕樹はすぐに圭一の与えている緩やかな快感では物足りなくなる。
「もっと乱暴に抱いて…」
  喘ぎ声混じりの裕樹の訴え。
  言葉の真実みを裏付けるように腰が自分からはしたなく動き始め、逆に欲張りな裕樹に征服され
圭一の方が快感を与えられていく。
「裕樹…さん…、だめですよ。そんなにしたら私の方が持ちません…」
  必死の圭一の訴え。
  しかし裕樹にとってそんな事は些細な事なのだ。
  一回自分の中で圭一が言ったとしても、それこそすぐに自分の欲しいものを与えてもらえるように奉仕すら出来る。
  だから裕樹はいつでも自分の欲望に忠実になれるのだ。
  何度も何度も躯を繋げている圭一も、裕樹の性格もベッドでの求め方も良く知っている。
  圭一は戸惑った声を上げながらも、裕樹が望むように自分の腰を押し進めていく。
  こうなれば目指すところは二人とも同じだった。
  お互いが熱を持て余し、興奮に腹や足の筋肉をひくつかせながら腰を動かしていけば頭の中が真っ白になるほど最高の天井はすぐに見えてくる。

* * *

 鼻を掠める微かな甘さを含むムスクの匂いに、裕樹は目を覚ました。
  となりで規則的な寝息を立てている圭一を起こさないように、静かに躯を動かしてベッドサイドに置いてある時計を眺めると、時刻はP.M.11:45になっていた。
  裕樹は静かにベッドから降りた。足の間から流れ出した粘ついた液体。足を伝っている白濁とした液体が溢れ出さないように、下に落ちていた生成の綿素材のベッドカバーを躯に巻き付けて、部屋を出るとまずバスルームに向かった。
  シャワーのコックを捻ると少し熱めの湯で躯を洗っていく。
  熱い湯が躯を打つと、今まで乳化色にぼやけていた感覚から色鮮やかな現実に戻ってくる。
  結局圭一が用意してくれた夕飯を食べないまま、セックスに没頭していた。
  一旦性的な欲望のスイッチが入ってしまうと、誰にも止められない。
  何度も何度も興奮に腹や両足を引きつらせながら、最後にはどろどろした白濁の液体が透明になるまで止められない。
  以前は精液が躯の中に残っていて腹を壊していたこともあった。
  それを知って圭一は、ゴムを付けたがった。
  けれども躯の中で暴れる男の象徴が、ゴムを付けるとどうしてもぼやけてしまう気がして、裕樹は付けられるのがいやだった。
  何度も何度も自分の事を気にする圭一を無視して、乱暴に付けようとしたゴムを外させたこともあった。
  そんなことをしている間に、受け入れるためのセックスに躯が順応したのか、いつからかお腹を壊さなくなった。
  裕樹は、シャワーから落ちてくるお湯を手のひらに集めて、顔を何度か洗った。それから躯を打つお湯の温度を少し下げる、息を小さく吐いた。
  それでもいつでも圭一は優しい…。
  セックスの時も、普段も。
  いつでも自分の事を考えてくれる。
  今日だって、部屋に帰る前、別の男と逢って逢瀬を楽しんでいた。
  当然それだって圭一は判るはずだ。
  けれども咎められたことがないのだ、ただ一度だって…。
  圭一は誰よりも今まで自分を抱いてくれたどんな男たちよりも優しくて、従順だった。
  今だって、ベッドの中で寝ている圭一に『ご飯』とでも言おうものならば、パッと目を覚まして躯を拭いてくれ、さっき作っていた食事を運んでくれるだろう。
  始めて逢ったときから、嫌な顔せずに我が儘を聞いてくれる圭一。
  普段を我が儘放題の付き合い方をしているけれども、今日はその優しさがしんどかった。
  それもこれも、部屋にまだ微かに残っている香りの所為だ。
  息を大きく吐くと、湯を止め濡れた躯の水滴を払うとバスルームを出た。それから脱衣所に置かれている奇麗なバスローブに袖を通すとバスルームを後にしてキッチンに向かった。
  キッチンには圭一が用意した食事が奇麗にラップされて置かれていた。
  圭一は、キッチンにしても、食事にしても本当に驚くくらいに気を使ってくれる。
  裕樹は腹の奥から込み上げてきた笑みを鼻から逃し、ラップを開けて丁寧に盛りつけされたチキンを一切れ食べると、皺がよったまま蒸気で湿気ているラップを乱暴にかけた。
  それからコップに一杯水を出すと、それを持ったままベッドルームの隣にある自分の仕事場に向かった。
  普段は何も匂いの無い部屋。
  それもそのはずで、裕樹は香水の調香師をしていた。
  部屋に置かれた机の横には、茶色の小さな香料の瓶がたくさん置かれている。
  きちんと仕事をする時は、別のオフィスがある。けれども自分の中でのイメージを纏めた処方箋を書く時は、このくらいの手近な環境で十分だった。
  裕樹は机の上には昼にやりかけた、有名デザイナーとタイアップして次のコレクションで発表予定のやりかけの処方箋を手に取った。
  昼間には漠然としたもまでは完成したけれども、自分の中でデザイナーのいうイメージに何か物足りないような気がして、そのまま外出してしまった。
  配分が少し変わるだろうが、トップノートはオレンジをメインとしたスイートなイメージで固まっている。ベースも基本的な所で安定した香りになるサンダルウッドをメインとした香り。ミドルノートはバラをそれも青臭い方の香りを大量に使って、爽やかな香に…。
  しかしそれでは本当にありきたりの香りになってしまう。
  何かが多いのか…、何かが足りないのか…。
  様々な匂いの記憶を蘇らせると、浮かんでくるのは今日嗅いだ母の忌まわしい香りばかり蘇ってくる。
  フランス、キャロン社製の『NarcisseNoir』。
  香水が悪いわけではない。
  キャロン社の香水は、本当にいいものが多い。
  あの香りを思い出すと、嫌な思い出ばかりが鮮明に浮かんでくる、それがいやだった
  母と裕樹の間には、誰にでも触れてはいけない、ピンと張った弦のような精神の線がある。
  裕樹にとってその線にかかるテンションが両親だ。
  母は淫乱な服飾デザイナーで、父は貞淑なガラス職人だった。
  そして蛙の子は、蛙。
  淫乱の子は、淫乱。
  子供の頃からの恋をする目標だった父と、男にだらしない母を見て育った所為。
  そんな言い訳がましいことを思い浮かべてしまうほど、初恋の相手も初めてのセックスしたのも男だった。
  最初は父にそっくりな男たちだった。
  しかし、気が付いた頃には、どんな男でも自分を愛してくれて、好みの男になら誰にでも抱かれるようになった。
  自分をちやほやし、取り巻いてくる男たちにまるで女王の様に傅ずかれがら抱かれるのは最高の甘美。
  俺は、男なしでは生きられない淫乱な調香師だった。
  そういえば、三年前に亡くなった父の思い出は熱≠セ。
  ファッションデザイナーとして華やかに世界を飛び回っていた母とは対照的に、ガラス工芸家だった父はいつも焼き釜の前で、ガラスの細工をしていた。
  世界に支店をいくつも作って評価されている母とまったく異なっていて、父は芸術家として評価されることをしなかった。
  いつも作っているものは、細くした透明なガラスで使った花を象った髪飾りやアクセサリー。それに高級な大量生産されない香水の瓶などを作っていた。
  部屋に飾られている、父の遺作を見ても本当に繊細な作品に、裕樹はあの頃の愛おしさが蘇ってくる。
  裕樹は今日圭一が持ってきてくれたガラスの香水瓶を手にした。
  亡くなった父の後継者だけあって、本当に奇麗な細工だった。
  透明に色ガラスがあしらわれた香水瓶の様に、奇麗な心の圭一…。
  裕樹は香水瓶を机の上に置くと、大きく息を吐いた。
  窓の外から照らしている大きなお月様が、電気の点いていない臼闇の部屋を照らしていた。

そんな言い訳していいわけ?

新刊サンプル小説です。続きが気になる方は、宜しければイベントまでお運び下さい。
で、この本の主人公はこのオープニングの二人&神奈川県警の大塚さん&吉川君のお話になっています。
本人的には、けっこう今回はエロエロでで頑張ってみました〜。
また、今回表紙を書いて下さったのん様、我が儘な音野におつきあいいただき有り難うございました。