テーマ「魅力ある女」
タイトル「籠の華」

人  物
穐奴(穐)(17)芸者
加納屋伸之助(18)穐奴の思い人
蘭華(蘭)(19)伸一郎の思い人

三味線を弾く女
芸者
下地っ子
女将さん
門番

○吉原入り口
    木製の塀が建ち、”吉原”と木看板が
    出ている。手ぬぐいでほっかむりをし
    た女が三味線を弾きながら、物悲しく
    歌っている。
女「(歌詞)風が流れ、あたしゃ何処まで行
  くのやら。出るに出れない籠の華」
    木で作られた囲い越しに、町が見え、
    寂しげな三味線の音が、どんどん軽
    快な響きになる。

○”藤乃屋”勝手口→庭
    軽快な三味線の音が響いている。小さ
    な木戸があり、そこには”藤乃屋勝手
    口”と小さな木看板。それに続く
    ように高さ一mの木柵がある。柵を越
    えると小さな庭がある。その先に廊下
    を隔てて障子半開きになっており、中
    には、三味線を弾く女と、舞を舞う穐
    奴、それを見ている芸者と下地っ子と、
    女将さんがいる。曲が終わり、穐(17)が
    が座り皆に挨拶をする。外から拍手が
    聞こえ、一同振り向く。振り向いた先
    には、加納屋伸之助(18)が手を振っ
    ている。その姿を見、穐の表情が破顔
    する。女将さんが咳払いをし、穐は舌
    を出すと、伸之助はクスリと笑う。

○町
    河川沿いに、いくつも商店が建ち並び、
    数人で荷台をを引く者、荷物を風呂敷
    でくるみ、背負っている者、買い物を
    する女、戯れる子供と様々な人間が行
    き交う通り。

○茶屋
    川岸の柳の木の下に小さな茶屋が建っ
    ている。その茶屋で、穐と伸之助が茶
    を飲を飲んでいる。穐と伸之助の間に
    は団子が三串、手つかずのまま置かれ
    ている。伸之助が徐に溜息を付き、穐
    は、心配そうな視線を向ける。
穐「どうしたの?伸さん。さっきから溜息ば
  かりで、いつもならあたしの分まで食べる
  団子も手つかずで…」
    伸之助は、また溜息を付く。
穐「何かあった?店で失敗でもして、おじさ
  んにでも怒られたの?」
伸之助「いや、店も親父も何も、関係ないよ」
穐「じゃあ、どうしたのさ。今だって店、さ
  ぼってきてるんだろう?」
伸之助「あ、それは、ちょっと”藤乃屋”に
  お届け物行ってくる、って云ったから大丈
  夫なんだけどさ…」
穐「だったら、もったいぶらずに云い菜よ。
  その方が伸さんらしいよ」
伸之助「そうだな…」
    懐から伸之助は、紫の小さな風呂敷に
    包んだ物を出して、大切に開ける。中
    には、べっこうを花細工したかんざし
    が現れる。かんざしを見て、穐は驚き、
    頬を紅潮させながら微笑む。
穐「これ…」
伸之助「どう思う?」
穐「素敵…。これを…」
    穐の表情に満足げにうなずき、伸之助
    は、風呂敷に包んで、懐に戻す。状況
    が理解出来ず、穐は柳眉を寄せるが、
    そんな様子に構わずにっこりと満足げ
    に伸之助は微笑む。
伸之助「そうか、よかった。これを店で見た
  時に”これいいな…”って思ってさ」
穐「知らなかったな…、伸さんにそんな相手
  いるなんて…」
伸之助「俺だって、もう身を固めたって可笑
  しくない年だ。縁談だって山程くるしな」
穐「へぇ…、そんな相手がいるんだ…」
伸之助「なーんてな、こいつは片思いの相手
  にやるんだよ…」
    目を細め伸之助は、空を眺める。青空
    には、ゆったりと雲が流れている。

○回想・吉原の門 (夜)
    提灯、たいまつなどで目が眩むほど明
    るい。様々な世代の数多くの男達が、
    行き交う。木造りの塀の入り口には、
    ”吉原”と木看板が出ている。伸之助
    は、塀越しに中を眺める。軒を並べて
    いる女郎屋の中央の道が、大名行列の
    様に開き、辺りからはざわめきが聞こ
    えてくる。勇気を振り絞り、伸之助は、
    中央に歩き出す。

○同・中央の道 (夜)
    店の名の入ったはんてんを着、竹竿に
    付けた提灯を持つ男達や何も持たずに
    歩く男、それらに守られるように、花
    魁達がゆっくり、高下駄を回すように
    進んでいく。道の端では、花魁達を見
    つめる男達。観客の男達にまじって伸
    之助は隠れるように見つめていたが、
    豪華な花魁を支えるように歩いている
    蘭(19)と目が合い、二人の時間が止ま
    る。静止している伸之助が、後ろの男
    に押され、よろける。蘭も花魁の歩に
    遅れそうになり、慌てて歩きだす。伸
    之助は遠ざかる蘭を見つめる。

○元の茶屋
    空を仰いでいる伸之助と、眉間を寄せ
    茶を飲んでる穐がいる。
穐「何、思い出し笑いしてるのさ」
伸之助「思いだし笑いなんてしてないさ。そ
  れより、穐ちゃんに頼みがあるんだ」
穐「頼み?」
伸之助「ああ」
    穐を自分の近くに寄せ、伸之助は耳打
    ちする。

○吉原入り口
    木塀が建ち、”吉原”と看板が出てい
    る。人通りは時折商人らしき男達がい
    るくらいで、閑散としている。ひょう
    こりと小さな子風呂敷を持った穐がの
    ぞき込むと、門番が不審な顔をして出
    てくる。穐の後ろには手ぬぐいを被っ
    た下男風の伸之助がいる。
門番「何の用だい?見売りかい?姉ちゃん」
穐「ここの彩之屋で働いている、妹に会いに
  来たんだよ。通しておくれじゃないか」
    門番は渋い顔をし、舐めるように穐を
    見る。穐はどうどうとした態度でたっ
    ている。
門番「見たところ、町芸者の半玉ってかんじ
  だが?」
穐「悪かったね、半玉で。まあいいや、私は
  藤乃屋で芸者をしてるものだけど、お母さ
  んに、異母姉妹がここにいるって教えられ
  てね…。そうしたらいてもたってもいられ
  なくなっちゃってね」
    門番を上目使いに見つめながら、穐は
    涙を一滴流す。
穐「一人目で良いんだよ。せめてこれを渡し
  てやりたくてね…」
    風呂敷を丁寧に開け、伸之助の持って
    いたかんざしを出す。門番は困った表
    情をする。しかし、門番は鼻をすする。
門番「良い話じゃないか、いいよ、いいよ。
  あんまり長くなんねーなら。お通りよ」
    目頭を袂で押さえながら、穐は伸之助
    を伴い通る。

○彩乃屋勝手口
    縁台に座り、煙管を吸う女がいる先で
    山になった洗濯物を洗濯をしている蘭
    がいる。穐と伸之助が歩いてくる。伸
    之助が蘭を見付け駆け寄る。蘭は驚い
    た伸之助を見て幸せそうな笑顔を向け
    る。仲睦ましそうな伸之助と蘭を見て
    後ずさる穐。
穐「あ〜、ごちそうさん。あたしゃ先帰るか
  らね。伸さんは勝手に苦労して帰ってきな。
  あまり遅くなると、旦那さんに云いつける
  からね」
    穐が下駄をならして立ち去る。

○小乃花屋 (夜)
    提灯に”小乃花屋”と書かれた料亭。

○同・座敷 (夜)
    穐を中心に芸者が二人舞を舞っている。
    その脇には三味線を弾く女がい、それ
    を酒を飲みながら楽しむ、良い着物を
    着た武士の男が三人いる。曲が止まり、
    穐他二人の芸者と、三味線を弾いてい
    た女が座り、頭を下げる。

○同・小乃花屋の外 (夜中)
    小僧さんが提灯の灯りを消し、辺りが
    静まる。

○道 (夜中)
    穐と芸者が歩いている。
穐「もー、お腹空いた!ねーさん、そば喰っ
  ていきましょうよ」
芸者「穐ちゃんは元気ね。この前まで伸さん、
  伸さんって大騒ぎしてたのにね」
穐「ひどーい、いいんです」
芸者「もう十日。あれから伸さん何か云って
  きたの?」
    穐は頭を横に数度振る。
芸者「云ってやろうか?伸さんに」
穐「いいのよ。とにもう!あの朴念仁!姉さ
  ん焼け食いいきましょ!そば!そば!」
    闇夜に遠ざかる芸者と穐。

○河川敷
    太陽が射し、水面が輝いている。
男「土左衛門が上がったぞ!」
    人垣が出来ている。穐は着物や髪が乱
    れるのを気にせず、人垣をわけてわら
    のかぶせてある伸之助と蘭の水死体に
    近づき泣き崩れる。
* * *
    死体が片づけられ、河川敷には穐しか
    いない。穐の手には、べっこうのかん
    ざし。悔しそうに握るが、それを髪に
    さすと、思いを全て込めて舞を舞う。
    背後に手ぬぐいでほっかむりをした女
    の三味線の音と女の声。
女「(歌詞)風が流れ、あたしゃ何処まで行
  くのやら。出るに出れない籠の華」
    風花が舞う。

藤乃屋の町芸者、穐の思い人、加納屋伸之助
は、花魁芸者の蘭に恋をしている。恋しい伸
之助の恋の助けをしてしまう穐。けれど…。

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