○大田セレモニーホール 全景
○同 受付
喪服の男女数人が立っている。お経が
響いて聞こえてくる。
○同 中
会議室を思わせるシンプルな部屋に椅
子が十列ある。喪服の男女が十人強、
椅子に腰掛けている。中央の祭壇前で
は三列に設けられた机で焼香をしてい
る。祭壇前では大木大吾(31)が軽快に
木魚を鳴らし経を唱える。口にハンカ
チを当て欠伸を殺す女。堂々と欠伸を
し伸びをする男。走り回る子供たちが
いる。全く悲しい雰囲気ではない。大
木は経を終え振り向き挨拶をする。
大木「本日は、ご愁傷様でした…」
話をしようとした大木を遮るように後
ろにいた女子高生二人が拍手をする。
年配の女性が女子高生を睨むと赤ちゃ
んの鳴き声がする。何人かが席を立ち
始める。大木一礼し会場を後にする。
○同 入り口
誰も追って来ないのを確認して大木は
深く溜息をつく。立ち止まっている大
木の横を葬儀社担当に引率され中から
ぞろぞろ人が出て来る。誰も大木を気
にせず通り過ぎる。
大木「まあ、お布施は後で葬儀社に請求すり
ゃいいか…」
大木はバスが出るのを見送る。
○ライブハウス(夜)
控え目の光源。鳴り響くギター。遊佐
俊成(32)は躰にピタリとした黒の皮の
服を着てギターを弾いている。ギター
の音に重ねて激しいドラムの音。ドラ
ムは大木。大木はサングラスに紺色の
和手ぬぐいを頭に帽子の様に巻いてい
る。ドラムとギターの激しいセッショ
ンの後、テンポが緩やかになり、70年
代のロカビリーを思わせる曲想に変わ
る。客が曲に乗ってツイストやジルバ
を踊っている。
○同 フロア
音を抑えられたロックがなっている。
首にタオルをかけ汗をぬぐいながら遊
佐と大木がテーブルにもたれて瓶ビー
ルを飲んでいる。
遊佐「今日はずいぶん熱が入っていたな」
大木「そうか?まあ、色々な…」
大木は溜息を付く。
引山助六(99)「何若いもんが、じじいくさい
顔しているんだ?」
大木「じいさん…」
助六は皮のつなぎを着て、両手には八
十代の落下傘スカートをはいた女性を
抱えている。助六は両サイドの女性に
キスした後、手を振り別れる。
大木「じいさん、盛んだな〜」
助六「楽しんでこそ人生。お前らみたいに湿
っぽい顔している暇、あるかよ。まあ、坊
主には無理な話かもしれんがね」
大木「言ってくれるね。そんな悪態ついてる
からいつまで経ってもお迎えが来ないんだ」
助六「何言ってる、生臭坊主が!まったく抹 香くさくてたまんねーや」
一同笑い、助六遠くから女性に呼ばれ
手を振ると去って行く。
大木「楽しんでこそ人生ね…。ああ言えるの
はいつのことなんだろうな…」
遊佐「何、黄昏てるんだ。今日は…」
大木「いやさ、あんまりいい葬式してないと
やっぱり落ち込むんだよ」
遊佐「なんだそりゃ…」
大木「いやさ…」
大木の言葉を遮るように、ボックス座
席からざわめき。店員が走っている。
遊佐「どうしたんだ?」
大木、遊佐がボックス座席に駆け寄る。
助六が心臓を抑えてうずくまっている。
○救急病院 全景
○同 処置室前
大木と遊佐が椅子に腰掛けて座ってい
る。引山文男(53)と引山加恵(49)が慌
てて走ってくる。引山は大木と遊佐を
ちらりと見て、眉を露骨に寄せた後、
病室に入って行く。
引山(声)「父さん、いくら迷惑をかければ
いいと思っているんだ!」
加恵(声)「そうですよ!こんな恥ずかしい
格好で、ご近所がなんて言ってるか…」
ドアを見つめる大木と遊佐。ドアが開
き、医者、引山、加恵が出てくる。
大木「あの…、じいさ…、助六さんは…」
引山「君は何だ?」
大木「助六さんとは子供の頃から遊んでもら
っていて、倒れた時に居合わせて…」
引山「まったく、あのじいさんには迷惑ばか
りかけられる。いっそ母さんに迎えに来て
欲しいもんだ…。遺産も無いくせに…」
大木は引山をにらむ。
引山「とにかく家の問題だ。帰ってくれ」
大木「そんな!俺はじいさんが心配で!」
引山は大木を睨む。大木を止める遊佐。
遊佐「止めとけ。あ、また見舞いに来ます」
遊佐は頭を下げ、大木にも下げさせる。
引山「本当に迷惑なじいさんだ…」
引山を睨む、大木。
○同 全景(昼)
○同 病室
普段着の大木とスーツ姿の遊佐が、ベ
ッドで寝ている助六を見舞っている。
ベッドの脇に写真立には助六の妻の写
真が入っている。写真立てを大木は手
にする。
助六「美人だろう?よく踊りに行ったもんだ
頷いた後、大木は元に戻す。
大木「それよりじいさん、大丈夫かい?」
助六「坊主に見舞われちゃ、ばあさんも迎え
には簡単にこれねーよ」
大木「いってらー」
助六「お前らにははずかしい所を見せたな…。
わしは全然楽しい人生なんて送ってない」
大木「じいさん」
助六「家族とは上手くいかない。好きなロッ
クも息子夫婦に言わせればご近所の恥。い
つも一人ぼっちなんだよ…」
助六は写真立てを手にする。
助六「俺はもう長くない。ずっと持病の心臓
病を抱えていて…」
大木「じいさん…」
助六「何もない老人なんだ…」
大木「何言ってるんだよ。俺らがいるじゃん
か。経覚える前にロック覚えたんだぜ。じ
いさん、最後までつっぱんないと!」
遊佐「俺もそう思うよ。つっぱてこそロケン
ローラーなんだろう?」
助六「お前ら…。そうだな…。俺は死ぬまで
ロケンローラーだ…。大吾!俺の葬式に陰
気くさい経なんか上げるなよ!」
大木「おい!じいさんの葬式には目一杯ノリ
ノリのロックで送ってやるよ!」
助六「おう!頼んだぞ!お前のへたくそなロ
ック聴いてやるよ!」
遊佐「ひどいこと言うなじいさん!じゃあそんなじいさんに面白い提案があるんだ!」
三人かたまってひそひそと話をする。
× × ×
助六が引山と加恵に見舞かわれ死去す
る。引山も加恵も泣いていない。
○大田セレモニーホール 受付 (夜)
ギターとドラムの轟音に乗りお経が聞
こえる。受付の男女二名は驚く。
○同 中
お経にあわせてドラムを叩く大木。
引山「何をやってるんだ!お前ら!!」
大木「じいさんの希望なんだよ!じいさんが
葬式にはのりのりのロックで見送って欲し
いって言ってるんだ!」
遊佐はギターを置きポケット名刺を取
り出し引山に渡す。一礼し遊佐はポケ
ットから封筒を出し開封する。
遊佐「弁護士をしております遊佐と申します。
個人の意思により遺言を施行いたします」
遊佐、遺言状を渡す。
大木「じいさんはずっと寂しかったんだ。だ
から最後くらいあんたたちに忘れられない
葬式で送って欲しいって言ってたんだ」
遺言状でしんみりする引山。
大木「さー、ノリノリで行こうぜ!」
大木ドラムを叩き、遊佐ギターを弾く。
参列者していた助六の友人たちは楽し
そうにツイストを踊る。
× × ×
タイトル「翌日」
しめやかに葬儀が行われている。大木
は経を読み終わると一礼し、立ち上が
る目の前で涙ぐみながら頭を下げる引
山と加恵。
○同 外
青空を見つめる大木と遊佐。ロックが
響いてくる。
○ライブハウス
助六と助六の妻がロックを踊っている。