○ススキの生い茂るの沼
一面を黄金色に染めるススキが生息す
る沼に、無数の消防団員と警察官が集
まっている。その集合の中心には、村
島美奈(21)と真琴基弥(31)の屍蝋化死体。
美奈の左手薬指にステディリングがあ
る。真琴基弥作曲、ヴァイオリンソナ
タ第三番が響く。
○東京芸術会館・全景
東京芸術会館と石碑が建っていて、そ
の裏には重厚な建物がそびえ立つ。
ヴァイオリンの音が近づいて感じる。
○同・控え室の中
村島美奈(21)がドレスを着、ヴァイオリ
ンを弾き、左手には指輪がされている。
横では、村島雅人(17)が立っている。美奈
の見ている楽譜には、真琴基弥のサイン
とヴァイオリンソナタ第三番、美奈へと
書かれている。
* * *
美奈、ヴァイオリンを下ろし、息を吐
きながら雅人拍手する。
美奈「寂しさに、宿を立ちい出てながぶれば
いづこも同じ秋の夕暮れ」
村島「何?それ」
美奈「この曲の主題。ヴァイオリンソナタ第
三番、”すすき”の…」
村島、眉間に皺を寄せる。
村島「ススキ?確かに、秋風に揺れるススキ
のイメージには聞こえたけど、変な名前。
これ作曲真琴先生だよね?趣味悪い…」
美奈「”すすき”って付けたの私よ。すみま
せんね。その言葉、弟でも許せない!!」
村島「姉上の趣味じゃしょうがない。ヴァイ
オリン意外、取り得無いもんね」
美奈「ひっどーい!!どうせそうですよ!!」
村島「でもさ、でもさ。この曲、イメージ、
合ってて、良い曲だよ!!凄く切ない曲だけ
ど姉上への愛を感じるよ、真琴先生の…」
美奈「ほんと?」
村島「うん、ススキが秋風に揺れる雰囲気が
あって、もの悲しいけど、優しく感じる」
美奈は嬉しそう薬指のステディリング
を村島に見せる。
村島「あ、それ…」
部屋にノックの音が響く。
○同・控え室の前
三田睦哉(28)がドアをノックしている。
三田「村島さん。そろそろ袖の方へお願い出
来ますか?」
○同・控え室の中
美奈「はーい」
美奈は舞台に上がる準備をし、村島は
ドアを開けエスコートする。
○同・廊下
ヴァイオリンを持った美奈と、楽譜を
持った村島が歩いている。
美奈「”すすき”さ、アンコールで弾くんだ」
笑顔の美奈。階段手前まで立ち止まり、
楽譜を美奈に渡す村島。
村島「頑張って!!」
美奈は微笑みながら階段を上っていく。
逆行が美奈を掻き消し、村島は真っ白
の光に包まれる。
○同・舞台
Tー5年後
舞台一面ススキの中で、村島雅人(23)が、
”すすき”をヴァイオリンで弾いてい
る。舞台の中央には”美奈”の写真。
○村島家・リビング
村島と三田睦哉(33)が話している。
三田「ですから、そう云う風に”ススキ”を
飾って、美奈さんを偲ぶ様に、真琴先生の
ヴァイオリンソナタ第三番“すすき”を弾かれたらどうでしょう?」
村島「ススキって…。三田さーん、頭腐って
ない?お涙頂戴ちっくな曲も、舞台設定も
俺のキャラじゃないよ」
三田「そうですかね〜」
村島「それに美奈ちゃん、姉は、死んだかど
うかも判らないんだし…、失踪してるけど」
眉間に皺を寄せ、村島を睨む三田。村
島は三田の視線を逃れるように、TV
を付け、そこからニュースが流れる。
ニュースは、屍蝋化死体が二体発見さ
れたと流れる。
○ススキの生い茂るの沼
一面を黄金色に染めるススキが生息す
る沼に、無数の消防団員と警察官が集
まって作業している。
アナウンサー「…、男女二体の遺体が屍蝋化
している所から、三年以上前にこの沼に…」
○村島家・リビング
三田は、顔色が悪く震えながら、慌て
てTVを消す。
村島「どうしたんですか?三田さん…」
三田「あ、少し、風邪気味で薬を飲んで良い
ですか?」
村島「ええ…」
村島は席を立ち、コップに入った水を
持って戻り、三田に渡す。三田自分の
ピルケースから薬を取り出し、飲む。
大きく深呼吸し、三田はネクタイを弛
める。携帯が振動し、村島が取る。
村島「はい、村島…、警察…?」
呆然と村島立ちつくし、それを三田は
心配そうに見つめる。
○奥多摩警察署・全景
”警視庁奥多摩警察署”と看板が出、
中型の警察署。扉の横には警察官が
二人立っている。
○同・廊下
長椅子には、憔悴しきった村島が座り、
その正面に刑事が二人立っている。
村島「…、確かに、あの指輪も、着ていたド
レスも失踪した日のです…、でも」
刑事「でも?」
村島「俺、姉も真琴先生と心中だなんて、思
えないんです…」
刑事「村島さん…?」
村島「あの日、姉は幸せそうでした。海外に
いる両親も、姉の未来を期待してましたし、
真琴先生だって、これからって時だし…」
刑事「…」
村島は悔しそうに俯く。
○同・廊下
壁に隠れ、死角になるように三田は、
村島と刑事の話を立ち聞きしている。
○コーポミナミ全景 (夜)
二階建ての白い集合住宅。”コーポミ
ナミ”と側面に書いてある。各部屋は、
疎らに電気が付いている。
○三田の部屋・玄関の外 (夜)
二階一番右に、”三田”と表札がある。
○同・リビング (夜)
三田は、CDで美奈のヴァイオリン演
奏を聴いている。曲が”すすき”にな
る。三田は溜息を付きながら、窓の外
を見る。外には薄らとした霧が、風で
流れる。遠くからぼやけた白い物体が、
少しずつ近づき、三田がハッとする。
○ススキの生い茂るの沼
一面を黄金色に染めるススキの沼。風
でススキが棚引く。三田が一人その中
で立っている。ハッと三田が振り向く
と、三田の背後には真琴が立っている。
真琴「君は同罪なんだ…。今更、きれい事を
云ったって遅い。そうだろう?」
三田「あんたにずっぽり荷担している事は認
める。しかし、美奈さんを巻き込むな…」
真琴「美奈と婚約するのを妬いているのか?」
三田「話しをすり替えるな…。美奈さんは、
あんたがあの薬をばらまいてる事、知って
いるのか?」
真琴不敵に笑い、悔しそうに三田はポ
ケットからナイフを取り出し、真琴を
刺す。がたんと背後で音がし、三田が
振り向くと美奈が立っている。慌てて
ナイフを落とす三田。云い訳をしよう
と近づく三田に脅える美奈。美奈の首
を絞める。しかし、死なずに美奈が三
田を咎める瞳で見つめる。美奈の姿が
村島の姿に変わる。
村島「あの日、姉は幸せそうでした。海外に
いる両親も、姉の未来を期待してましたし、
真琴先生だって、これからって時だし…」
三田の目の前には、咎めるように立つ、
真琴、美奈、村島がいる。
三田はそれをうち消すように両手を大
きく振る。硝子の割れる音と共に、そ
の風景は闇に消える。
○村島家・全景
表札には“村島”とある一軒家。
○同・リビングの中
村島と三田が向かい合うように、応接
セットに腰掛けている。
三田の左手は包帯が巻かれている。三
田、紅茶を飲もうとカップを取るが、
手が震えている。
村島「大丈夫ですか?三田さん。この前から
調子、最悪見たいですね?」
三田「風邪を引き込んで…、あ、薬飲んでも
良いですか?そうすれば…」
村島立ち上がる。
三田「あ、紅茶で大丈夫です…」
村島「え、ダメですよ。薬は水じゃないと、
効かないって云いますよ!!」
村島席を外し、直ぐに水を持って戻っ
て来、それを三田に渡す。三田受取、
ポケットからピルケースを取り、薬を
飲む。眉間に皺を寄せながら、村島は
席に着く。
村島「その薬、医者の処方ですか?」
三田「え?ええ…」
村島「俺も、今、風邪君だから、その…、そ
の薬貰ってもいいですか?」
三田「…」
村島「そう云えば、聞いた話なんですが…」
三田「はぁ…」
村島「何年か前から出回っている、アルカロ
イド系の”パンドラ”って薬が有るの知っ
てます?」
三田「…」
村島は、冷めた紅茶を口にする。
村島「一般的に出回っている麻薬とかと違っ
て、禁断症状も軽いらしいんで、常用して
いる人や、時々飲む人もいるんだそうです」
三田「へぇー」
村島「刑事さんに聞いたんです。詳しい事は
判らないんですけど、姉も、真琴さんも…。
そして、二人を殺した犯人も…」
三田は息を飲み、立ち上がる。村島は
上目遣いに三田を見る。
○ススキの生い茂るの沼
一面を黄金色に染めるススキの沼。風
でススキが棚引き、村島が”すすき”
をヴァイオリンで弾いている。