2002/12/14
ベランダの恋人

  当たりは闇夜に静まり返っっている。

 それを壊すように煌々と電気の着いたマンションの一室で、叫び声が響き渡った。

「セッ○スしてー!」

 ここは、渋谷区代々木。

 右手には、謎めいた時計台付きのビルと、夜でも、華やかな電飾目映い浦和にあるディ○ニーランドを思わせる巨大デパートがそびえ建つ”南新宿”。

 左手には、この地名でも有名な、ゼミナール、アニメーション学院、他にもビジネススクール、美容、ネイル、ドイツ語等々の専門学校が建ち並ぶ”代々木”。

 二つの街を結ぶ道大きな通りの一つ先。

 車道は二通になっているが、歩行者用の道が狭い。まして、ささくれた道は、どこからどっち行きの車が飛び出してくるか判らない無秩序な道。

 地図がないと迷いそうな通りに面して、高級なんだか、中級なんだか、住居なんだか、会社なんだか、よく判らない十三階建てのマンションの七階の、元2LDKを会社用にワンルームに改造した一室。

 室内の灯りが外からもはっきり判るベランダには、エアパッキンのロールや、その他会社に入り切れない椅子が数個積まれ、申し訳程度に喫煙者用に人が一人立つスペースが開けられている。

 通路を照らす常夜灯が、部屋のドアに掲げられた、発泡スチロール板で出来た”ドリーマー”と社号が怪しさをかもしだしているドア。

 そのドアから中に入って、横並びに置かれた男物の靴二足と、女物の靴一足。

 狭い廊下を通って、部屋から隔離するように、ローパーテーションに囲まれた、この会社の社長の机がある。

 その脇に縦長の会議机が二本横並びに置かれた、会議スペースには、乱暴に置かれたバインダークリップで留められた書類と、所狭し積まれた茶色の模造紙にくるまれた未開封の書籍。

 中に進んで、部屋の周りは、ちょっとした振動でも雪崩を起こしそうな書棚に囲まれた事務机が四つ。ローパーテーションで区切られた机の上は、裏紙なのか、表紙なのか判らない紙の山と、自己主張をするように置かれているPC。

 正式名称”株式会社 ドリーマー”。

 フリーペーパーや、経済関係や法律関係のムック本の企画、製作をしている会社。

 そして、机のローパーテーションには、でん!っと入稿のスケジュールと、現在製作中の台割表…、頁を構成した紙が貼られている。

 時刻はまもなく草木も眠る丑三つ時…、午前二時。

 明日の午後は、初校を印刷所に提出日…。

 予定頁数、256頁。経済で有名な学者先生の書いた論文を、今風にアレンジして、出版するムック本を制作している。

 今日やっと、遅れ遅れで何とか集まった著者から原稿が、印刷する形にデータを尚していく作業中を始められた。

 しかし、残された時間は夜が明けて半日…。

 必死に赤ペンを片手に、大きなバインダークリップで何束も纏められた書類へ、ひたすら校正を入れている編集の吉見 洋文(31)。

 赤ペンで校正された文章を確認しながら、原稿となるべくテキストデータをひたすら打っている編集アシスタントの遠藤 一之(25)。

 そして、この会社で紅一点。Macを使って、吉見や遠藤が用意した文章データを元に、販売できる形に、文字や色やレイアウトをデザインするDTPというお仕事をしている村島 美菜(年齢不詳)。

 ちなみにここにはいないが、この会社の社長の太田 徹也(45)は、今日も打ち合わせとしょうする接待で早々と会社から消えていた。

 部屋中にはピンと張りつめているこの空気を壊すがごとく、雄叫びを遠藤が上げたのは、そんな時だった…。

「あぁ〜!○ックスしてー!!」

 遠藤は、キーボードを打つ手を止めて、いきなり獣のごとく天井に向かって、叫び声を上げた。

 その声に、室内の空気が固まる。

 緊張感が粉々に破壊され、驚きにただ唖然と遠藤を見つめる村島。手にしていた赤ボールペンが折れるのではないか、と思われるくらい力いっぱい握り肩を震わせ吉見は、怒鳴り声を上げる。

「うるせー!」

 遠藤を思いっきり睨み付ける吉見。そんな視線を物ともせずに、なおも室内で獣と化した遠藤は雄叫びを上げる。

「セック○してー!!あぁセ○クスしてー!」

「静かにしろー!仕事が進まねーじゃねーか!!お前この状況判ってるのか!?」

 唾をとばし、怒りに立ち上がるり、吉見は手元に有ったバインダークリップで束ねたB4の何十枚もの紙を丸める。

「吉見さん、それは!」

 手にしている書類を見て、あわてて止めようと村島をよそに、吉見は、自分よりも10cmも大きく体型もでかい遠藤を思いっきり殴った。物凄い音を立つち、石頭の遠藤の頭を殴った書類は見るも無惨な姿になる。

 けれど、その刺激を受けてか遠藤は、まるで電池の切れたロボットの用に、ぴたりと動きを止めた。

 怒りに、荒い息のまま肩を震わせている吉見の耳に、村島の大きなため息が聞こえてくる。

「吉見さん…。それ、絶対にもう一度出力しませんからね…」

 その冷ややかとも取れる村島の口調に、吉見は手にしていたぼろ雑巾の用になった書類を見つめる。

 村島の冷たい言葉に吉見はハッとする。怒りのあまり自分が何をしたか…。否、遠藤を殴ることは全然問題はなかった…、しかし何で殴ったかが問題だった。

 怒りに手にした書類の束は、さっき村島が自分たちが赤入れをしたゲラを反映させたデータを出力した新たなゲラ…。

 ようするに、吉見が必死になって著者の原稿に、文字や文章の統一はかるために、赤ペンで指示を書き、遠藤が長い文章だけテキストに打ち、最後にそのまま書店で売れるような形にレイアウトしたデータにそれを反映させたものを、プリンターで印刷したもの。

 村島の痛い視線を避けるように、もう一度今度は手で遠藤を殴ると吉見は咳払いをした。

「そんなに溜まってるんなら、休憩時間とって、歌舞伎町でも行って来い!歩いていける距離なんだから!三時間もありゃ十分だろ!」

 吉見の怒鳴り声に、しゅんとうつむいてしまう遠藤。

 弱々しくうなだれている姿に吉見はまさか泣いてるのでは、と不安になり近づこうとした。そのとき、遠藤がどっかのゲームで殺しても殺しても現れるゾンビのようにずんずんと迫ってくる。まして自分より一回りでかい遠藤が、どんどん自分との距離を縮めてくる。

「吉見さん…、今ここで俺とセック○しましょう…」

「はぁ〜?」

 狂行に、脅えまたぼろぼろになった大切なゲラで、力一杯遠藤を殴る。しかし、荷物は多く、狭い社内で吉見の後ろはすぐにまどになり、もう下がれない。手元の窓に鍵にハッとし、吉見は慌てて窓を思い切り開け、迫ってくる遠藤を窓の外に追い出すと、慌てて鍵を窓に鍵を掛けた。

 危険を回避し、吉見は息を吐くと、窓の方を見ずに叫ぶ。

「少しそこで頭を冷やせ!!ばかもの!」

「中に入れてくださいよ〜」

 窓ガラスは遠藤にたたかれ、バンバンと鈍い音を出しながら震えている。しかし、小さく溜息を付いて、部屋のカーテンを思いっきり閉めて、その姿を自分の視界から消すと、吉見は静かに席に着いた。

 ただ唖然と二人のやりとりを見つめていた村島。机の上には既に紙というのもおこがましい見るも無惨になったゲラ。横目でそれを見、吉見はゆっくりと制作者に向き直ると、頭を下げる。

「すみません…、ゲラ…、もう一度印刷していただけますか?」

 室内には、遠藤の窓をたたく音と、村島の深い溜息が響き渡る。
 
 

 時計の針がちょうど三時をさす。

 吉見が、遠藤をベランダに追い出して、一時間が経過した。

 あの後、吉見は、村島を必死になだめすかし、最終的にランチを一食奢ることで、ずたぼろにしてしまったゲラを再度プリントアウトしてもらった。

 印刷所から校正が上がってきたときにゲラが無いと、きちんと印刷がなされているかも確認できない。

 その他にも、このゲラは作者に送って、著者校正…、作者がこのまま印刷して良いかを見て変更箇所を書き込む作業にも使われる。

 まあそんなこんなで、村島がもう一度ゲラの印刷をしている間、吉見は遠藤の所為で手が止まってしまった作業を再開した。

 だがしかし、時間が気になって仕事に集中しきれない。

 自分の集中力には自身があった吉見だったが、遠藤を外に出してから、何度目かの時計を見ると、針は三時をさしていた。

 カーテンが閉まっているが、その先に有る窓を吉見は見つめる。まだコートはいらないにしても、この時間はかなり冷える。人数ギリギリでやっているこの編集部で風邪でも引かれたら、編集スケジュールがこなせなくなる…。

 脳裏を横切った言葉に、苦笑し小さく溜息を付くと、吉見は静かに立ち上がった。

 Macに向かって真剣に仕事をしている村島に隠れるように、こそこそと吉見は席を立ち上がる。けれど、手を止めその姿を見つめ”やっぱり、遠藤君が心配なのね”と云わんばかりに視線を送っている村島。軽く咳払いをし、カーテンをまくると吉見は静かに窓を開け、ベランダへ出た。

 ベランダからは西新宿のビル群が見える。

 この時間は常夜灯が眠らない街を象徴しているかのように、照っている。

 吉見はその風景を見上げながら、ポケットから煙草を取り出すと、火を点け紫煙を吐きだした。

「いつまでそこでさぼってるんだ?」

 すみ置かれた椅子に腰をかけ、ぼーっと夜中だと云うことを思わせないほど明るい新宿副都心を眺めている遠藤に、吉見が呟いた。

 遠藤は、ゆっくりと視線を吉見の方に向ける。

 視線に気づかないかのように、吉見はただ景色を眺めながら、口を開く。

「まったく、なんで経済系のムック本を編集していて、どうして欲情できるんだ、お前は…」

 自分の言葉に何の反論がないのを確認し、溜息を付いて吉見は言葉を続ける。

「ほんとに、そんなにやりたいんだったら、すぐ近くに歌舞伎町があるんだから休憩時間取って、お風呂屋でも、ヘルス、下着屋でもどこでも好きなところいってこいよ…」

「俺、吉見さんが…、いいっス…」

 今にも消えそうな声で、耳に遠藤の声が聞こえてくる。自分の耳に届いた言葉を疑い、吉見は煙草をくわえたまま苦笑する。

「お前…、男の方が…、好きなのか…?だったらなおさら、歌舞伎町が…」

 言葉の続きをしゃべろうとした吉見の横から、遠藤の叫び声とも取れる声が聞こえてくる。

「違います!吉見さんがいいっス。俺、吉見さんとセック○したいっス!!それが浮かんで仕事にならないんス」

 立ち上がって遠藤は、必死な表情で吉見の腕を力一杯掴む。

 腕を捕まれ、ただ身の危険だけが感じられた吉見は、驚きのあまり煙草を吸っていることを忘れ、また怒鳴ろうと口を大きく開く。

 煙草が支えるものがなくなり、落下し手の甲に落ちる。

「ぎゃー、熱つ!」

 手のひらに痛みが走り、吉見は悲鳴を上げた。その声に驚き、遠藤はつかんでいた手を慌てて離した。

 軽いやけどの痛みに手の甲に息を必死に吹きかけている吉見を見つめながら、溜息を付きながら遠藤は下に落ちて床を焦がしている煙草を拾い上げた。

 吸い殻入れ代わりの空き缶に火を消して入れる遠藤。吉見はただ黙って手の甲をさすりながらそれを見つめていた。

 中途で遠藤が入社してまだ数ヶ月だった。その間、今晩みたいにいきなり叫びだしたり、モニターに向かって謝ったりと結構変なやつだとは思っていた。

 編集なんて聞こえがいいだけで、薄給で、ただ体力だけの仕事の中で、脳天気な行動はとるが、いつも元気もパワーもあってうらやましいとすら吉見は感じていた。

 確かに今回もいつも通りに、著者の締め切りが予定日よりかなり延びたり、こちらの作業がパッツンパッツンの時間での作業になった。だが実際、著者からの原稿が遅れることはいつもだった。それよりもこの時点ですべての原稿がそろっているのは、奇跡に近いことだった。実際は出来ている原稿の半分くらいは、資料を見て、吉見が変わりに中身を書いてはいるのだか…。

「この仕事が終わったら…」

 声を押し殺すように、遠藤はつぶやく。その姿は、何かの苦痛に耐えているように吉見には感じられ、鸚鵡返しのように、言葉を聞き返す。

「この仕事が終わったら…?」

 息をゆっくり吐きながら、遠藤はうつむいていた顔を上げ、吉見をまっすぐ見つめる。

「この仕事が無事に終わったら…、吉見さん俺とセッ○スしてください。じゃないと俺、これ以上仕事できません…」

「な、何を云ってるんだ…、え、遠藤…」

 熱を帯びた視線で見つめられ、後ずさりさりながら、まあ落ち着けという風に両掌を遠藤に向けた。しかし、せっぱ詰まった遠藤は、とどまることを知らないかのように、どんどん吉見に近づいてくる。半分以上荷物置き場と化しているベランダ。遠藤は吉見をすぐに追いつめる。

「もうこれ以上…、煮詰まって仕事になりません!吉見さん、この仕事が終わったら俺と○ックスしてください!」

「ふざけるな!!なんで、俺は男と…なんて…」

「俺、吉見さんとやりたいです…。お願いします。一回でいいですからやらせてください」

「お願いって云われても…、普通そんなんでできるか?」

「いいです。じゃ、俺、もう帰ります」

 きびすを返す遠藤に、今抜けられたら、明日の入稿が…、と云う言葉が重なり、吉見は慌てて必死に、止める。

「帰るってそんな…。お前、赤入れどうすんだ!このせっぱ詰まったときに…」

「吉見さんがやらせてくれないんなら、明日は休みます。当分出てきませんから、俺の仕事、吉見さんやっておいてください!!」

「お、おい…」

 いきなり遠藤に訳の判らないことを云われ、慌てながら吉見は混乱した。遠藤はここに就職して数ヶ月。何で突然こんなことを云い出すのか、吉見には理解できなかった。

 しかし、表情は脳味噌がここ数日の徹夜でどこか遠いところにいってしまったのでも、ふざけているのでも、まして吉見をからかっているのでも無いことは伺えた。

 ただ、だからどうしろ、と云われても吉見には解決策は見つからず、ただ遠藤に冷静さを取り戻してもらうしか、考えられなかった。

 必死にどうしたらいいのかを考えれいる吉見の肩を掴み、遠藤ははっきりした口調で云う。

「そのくらい真剣なんス」

「真剣って云ってもな…」

「お願いします、一回でいいです。一回だけやらせてくだい。この通りです」

「この通りと云われても…」

 言葉を必死に探すが浮かばない吉見は、言葉を濁すしかできなかった。しかし、まじめな表情のまま遠藤は頭を下げる。

「判りました。帰ります」

 脅し文句にもとれる遠藤の言葉だったが、帰ると云ったところで電車も動いていない時間。本音を云うとここで遠藤に帰られたら、明日の印刷所への入稿もできるか自信がなかった。

 吉見は、嘆息すると遠藤を見る。

「ま、まあまて…、わ、判った。一回だけ、本当に一回だけだぞ!」

「本当っスか!?まじに一回やらせてくれるんスか?」

 嫌々ながら了承する吉見の言葉に、いつも元気な遠藤に戻り、思いっきり笑顔になる。とにかく時間が経てば遠藤も落ち着きを取り戻し、この約束も無かったことになるだろう。そんな楽天的なことを考えながらも、まじめに喜んでいる遠藤に吉見は云う。

「男に二言はない…。ただ、その変わりテキスト打ち早く上げてくれ…」

「判りました!あっ、そうだ!」

「まだなんかあるのか?」

 遠藤は肩をつかみ、吉見の唇に自分の唇を押しつけた。理解できずに一瞬固まる吉見だたが、すぐに遠藤を引き離そうとするが、自分よりも10cmも背がでかく、体型も一回り大きい躯に抱きしめられ、身動きができない。それでも吉見は必死になって口だけ引き離し叫ぶ。

「ばかやろー、だ…」

 いつもの口調で大口を開いて罵倒しようとする吉見の唇を、遠藤がまたふさぎ、開かれた唇から遠藤の舌を挿入しされる。ゆっくりと、吉見の口腔を味わうように舐めていく遠藤。逃げようと縮こまっていた吉見の舌を無理矢理遠藤の舌が絡めてくる。

「う…ぅ…っ…」

 逃れようと必死に暴れるが、どんどん息が苦しくなり、これ以上口づけをしていたら窒息して死ぬんじゃなきか…、そんな不安が吉見の頭によぎった頃、唇はやっと解放された。

 遠藤の腕に支えられてやっと立っている吉見。

「キスは契約書替わりにもらっていきました。この本の最終入稿が終わったら絶対に○ックスしますからね!」

 さっきの一消沈していた様子とは打って変わった元気な姿で遠藤は部屋の中に戻った。ベランダに一人取り残された吉見は、ここ数日まともに寝てない所為で悪夢を見たんだと必死に自分に云い聞かせようとした。

 けれど、さっきの濃厚な口づけで、窮屈さを訴えているズボンの中身にただただ苦笑するしかなかった。

 入稿まであと数時間…、目の前の煌々と照っている西新宿を見つめながら、今は仕事の事だけを考えようと、吉見はベランダを後にした。

To be continued.

 

そんな云い訳していいわけ?

11月のCityで配布した小説です。

私的暴露本?かなっていう小説です。

この小説は無料配付&表の駄文ページで掲載した小説です。

時間を見て続きを書きますので宜しくお願いいたします。 

 
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