2004/01/15(木)
粋でいなせな恋をして…


 枯れ葉が舞い散る公園のようにだだっ広い大学から、喧騒とした街を通過して、車では苛つくような道。新旧取り混ぜたビルと埃っぽい道をバイクで数十分走ると、外国人観光客の観光スポットになっている門や寺が見えてくる。いつも人で混雑している道を通り過ぎると、目の前にタイムスリップしたのではないか、そんな風に思わせる江戸屋敷のような白い塀にぶつかる。

 小春日和の午後。
 一限から日が高くなるまで大学で講義を受けた有澤久志は、急いで自分の家でもある、江戸時代から浅草で続いている料亭に400ccのバイクを転がした。
 本人の意思は関係なく、長男として生まれてしまった所為で次ぐことが決まっている料亭"花乃屋"。講義が無いときはバイトと称して手伝いに駆り出されていた。もっともいつもは嫌々手伝っているが、今日は進んで手伝いを希望していた。
 その理由は、今日この店での仕事の所為で講義にでれなかった幼なじみで、恋人の高東秋彦に早く合いたかったからだった。

 いつ見ても汚れを感じさせない白い壁は、見た目は江戸屋敷を思わせるが、素材は音を吸収して、耐火効果もある外壁材を使っている。
 それでもこの壁が見えてくると、無粋に感じるバイクの音を消すためにエンジンを止めて、ヘルメットを久志は外した。
 すると店から季節を感じさせる三味線の音が、秋風に乗って耳に届いてくる。
 もの悲しくもあり、それでも優しい耳慣れた三味線の音は、誰が弾いている久志にはすぐにわかった。久志はその響きに耳を傾けると、自然に顔を綻ばせながら、白い塀をたどりバイクを押して、勝手口まで向かう。木戸を開けると秋桜が何株も植わっている料亭と渡り廊下で繋がっている母屋にバイクを止めた。
 まず自室に行きバイクに乗るためのジャンバーと手袋、それに教科書やノートを置く。三味線の曲が変わる。どうやら今日の客の為に長唄のさわりだけを演奏する『技競浅芽の賑い』をやっているようだった。
 これは観光客相手だな…、ってことは、舞を舞う立方の芸者が二人か三人。三味線、唄を歌っている地方の芸者二人か…。
 久志の家がやっている料亭では、今でも客の依頼で芸者を呼んだ宴会を多く取り扱っていた。その中で、最近は芸者遊びや三味線、踊りを見るなどは縁遠くなり、接待などに芸者を呼んでも一緒にカラオケをしたり、おさわりをして楽しむ客の方が多い。芸者の方も、格好だけをしたアルバイト、その仕事に就いても踊りも楽器も扱えないものも増えていた。しかし、そんな状況を打破するために街ぐるみで芸者を伝統芸能として守ろうと動きだし、昔ながらのお座敷をこうやって観光客相手に披露する座敷も増えていた。
 今日の三味線が秋彦か…。
 自然にこぼれる笑みを浮かべながら、久志は部屋の窓を開けると、微かに座敷の様子が見えてくる。
 秋の澄んだ空気を味わうように開け放された障子や襖。
 その先で薄色と云う薄紫に、秋華文様の上品な柄の色留袖に、長い髪を襟でまとめ、薄化粧で三味線を弾いている秋彦…、源氏名は"穐"の姿が見えてくる。
 元浅草で売れっ子芸者だった母と、芸者の所属している事務所的存在の置屋の主人である父を持つ秋彦は、子供の頃から三味線や鼓、それに日舞に長唄…、と芸の世界で活躍できる習い事をこなしていた。そして実際の芸ができる芸者が減りきちんと下地のあって、母親譲りの美貌を持ち、子供からきたえ高い声もでる秋彦が芸者として座敷に出るのも少なくなかった。
 今日は地方と云う、舞を舞うお姉さん…、秋彦よりも年上の芸者のサポートとして楽器を弾いているが、それでも久志には座敷の中で一番奇麗で輝いてるように感じられた。
 鰯雲が浮かぶ優しい秋日差しの中で、三味線を弾く秋彦の姿が…。

  *  *  *

「おつかれ様」
 艶やかな芸者のお姉さん方の声に混じって、女性にはやや低めの声が聞こえてくる。近づいてくる澄んだテノールの声の持ち主に、ガラス戸を拭いていた手を止め、久志は立ち上がると、その主を待ち、自分の近くに来ると肩を叩く。
「よ、秋彦、お疲れ」
「お疲れ、ってお前は仕事中か…。さぼってるとおばさんに怒られるぞ」
 手を止めて話しかけてきた久志に向かって、秋彦は笑みを浮かべた。そのいでたちは、先ほどの芸者の艶めいた姿ではなく、すでに化粧を落とし、綿のシャツにジーンズ姿に、着物と三味線を手にしていた。
 久志はそんないつもと同じ格好の姿を見つめながら、見慣れた服装でもどこか色艶を失わない秋彦に引きつけられているのを誤魔化すように笑う。
「さぼっないって。それよりお前はあの座敷で今日は終わりなのか?」
「ん? つまんねー座敷だよ。今じゃ外国人相手の座敷ばっかで…」
「外国人観光客だったのか? あれ」
「ああ、夫人同伴のアメリカ人観光客三組…」
 一時間以上も三味線を弾いていて疲労の色は見えないが、それでもうんざりしたように云う秋彦に、未だに芸者を見ると"フジヤーマ、ゲイーシャ、スキヤーキ"と云われている世界から抜け出せない現状を感じずにはいられなかった。
 渋い顔をしている秋彦に、慰めるわけではないが久志は微笑む。
「まあ、今じゃ芸者遊びなんて知らない人間が多いからな。街の伝統芸能を守るためだから、しかたないだろうな」
 それでもかつてのパンダ扱いをされているのに、しょうがないとは思っていても愚痴が出てしまうらしく秋彦は薄い紅が映える唇をへの字に曲げる。
「伝統芸能ね…。ま、普通の座敷じゃ舞いを舞っても、三味線弾いても楽しんでもらえないしな。今じゃそんなもんより、酌して、カラオケでデュエットして、尻でも触れりゃ客も満足だろうしな…」
 子供の頃から座敷を下地っ子として手伝わされていた秋彦を見つめ久志は笑みをこぼした。座敷に出始めた十三から比べて、十九歳になった今では色も艶も増している秋彦。久志は場所をわきまえられないくらい愛おしく感じ、華奢に感じる秋彦の躯を抱きしめ、耳に息を吹きかけるように囁く。
「な、今日は帰らなくてもいいんだろ? 俺の部屋寄っていくよな?」
 秋彦は頬を赤らめながら、うなずき従う。
「ここ拭いたら俺も終わりだから。俺の部屋で待っててくれ」
 微笑みながら秋彦は軽く手を振った。久志は慌てて屈むと、ガラスを水拭きしてから空雑巾で拭き取っていった。


「ごめん、お待たせ」
 雑巾掛けを終わらせ、母に報告すると急いで二人分のお茶を持って自室に久志は上がった。
 机の上に出していたノートを、ベッドに腰掛けてみていた秋彦を見つけると、その前にひれ伏すように久志は屈んで、抱きしめる。
「お、おい、ちょっと…」
 焦って押し戻そうとする秋彦。しかし、自分より細い秋彦が苦しくないような力で、久志は抱きしめた。
 触れている部分から伝わる温もり。その暖かさを感じながら、久志は秋彦の首に腕を回し唇を何度も合わせる。最初は抵抗するように口を閉じていた秋彦だったが、何度も啄むように交わされる口付けと、ノックでもするかの様に唇の上を這いずる舌。高まりつつある情熱に観念をし、口を開け舌を受け入れる。
「ん、んっ…」
 絡み合う舌と舌、混ざり合う二人の唾液。嚥下できずに頬を伝う唾液が示す、深い口付けは次への行為への序曲となり、新たな官能を求めていく。しかし、久志は手に入れた物を手放さないように、秋彦から離れないように抱きしめて、口付けを交わしているだけだった。
 秋彦はそれに焦れるように秋彦が顔をそらす。そして、いきなり離れた秋彦に驚いた久志の頬に、両手をそっと添える。
「なあ、久志…。お前は、俺をそうやって抱きしめて唇を交わすだけでの?」
「秋彦?」
 質問の意図が理解できず、久志の口から不安を感じさせる声が漏れる。
 久志自身は、部屋に入ってから交わしていた躯を繋げているような激しい口付けに、陶酔感していた。だからか、秋彦の態度に戸惑ってしまっていた。
 不器用な久志らしい。
 自分を求めてくるのに、口付け以上の行為に進めない。
 困っている久志に、秋彦はクスリと笑みを浮かべると、唇を滑らせている混ざり合いどちらのと判らない唾液を舌なめずりをし、余裕を感じさせる笑みを浮かべる。
「今日は一緒にいるだけで終わりにする?」
「秋彦!」
「そんなことじゃ…、あの人から譲り受けた俺を満足できないよ…」
 久志はそいつのことを思いだし、思わず眉をひそめた。
 あの人…、十四歳の時に、秋彦が初めて躯を繋げた相手。
 険しい表情に変わった久志に、秋彦は少しだけだったが失言を感じ、自分よりも十センチ以上背が大きく、がたいもしっかりしているのに、こんな時に時折見せる子供っぽい表情が嬉しくなり微笑むと、口に一回軽く唇を寄せる。
「ごめん。久志、今日は座敷もないからお前が許す限りでいいから抱いて…、ね」
 そう告げると、ベッドに座ったまま、自分の股間で屈んでいる久志の腰に腕を回し、ズボンの中で息づいている部分をこすり付けながら、シャツのボタンを外していく。
 久志は困ったように秋彦の首に回していた腕を外すと、照れながら一回だけ自分の頭をかく。
「そんなに煽るなよ…。そんなことされちゃ、俺の方が押さえ、きかなくなるよ…」
 秋彦はさっきよりも挟んでいる足の幅を取り、久志の服を煽るように脱がしていく。長い髪をまとめている所為で色っぽく見える秋彦のうなじが赤らんでくると、欲情しているのがはっきり判る。
「押さえが利かなくてもいい…、久志なら、どんなことされてもいい。だからな…」
 鼻から息を大きく一回吐き、抱くのは久志の方なのに秋彦にリードされっぱなしの自分に苦笑する。
 自分のシャツのボタンを外し終わった秋彦をベッドに押し倒す。そして、焦れるようにわざとゆっくりとジーンズのベルト、ボタン、ファスナーを開けてくつろがせると、秋彦の下着の上から形を表し始めるペニスを指でなぞっていく。
 それだけで、行為に慣れて敏感な反応を示す秋彦から熱い息が漏れてくる。
「ぁ…、そんな、焦らすな、久志…」
 懇願するように瞳を潤ませ秋彦が身を捩る。
 十四歳で男に抱かれることを覚えてから、今まで何人もの男から快感の所在を教えられた可愛い淫乱の秋彦。
「お前は、俺だけのものだからな…」
 その姿さえ愛おしく感じる久志は知らず知らずに思わずつぶやいた。
 そのつぶやきが微かに耳に届いた秋彦は、久志のズボンをくつろがせると、足で下着もろとも脱がせていく。そして、ペニスとを手にすると、先を撫でながらしごいていく。
「あぁ…、秋彦…、うっ…」
 あまりの直接的な態度に、久志の口から熱い息が漏れ始める。あまりの快感に押さえきれない欲望を感じ、慌てて秋彦の躯を反転させると自分が欲しくてひくついているアナルを舌で緩めていく。
「うっ…、はぁ…。久志…、あぁ…んっ」
 くすぐったさと、微妙な刺激に秋彦の白い尻はもどかしさを訴えるようにゆらゆらと揺らめいていく。
 臀部から与えられる快感をやり過ごす喘ぎ声を漏らしながら、今まで握っていただけだった久志のペニスを口に含む。久志が感じるように舌で先端から溢れる甘い液をゆっくり舐め取った後、くびれている部分で舌を転がし、そして全体を口に思いっきり含んだ。
 ここでいってしまうのは情けないと、久志は歯を食いしばりながら、過ぎる快感をやり過ごした。
 秋彦の行為が嬉しくなった久志は、今度は緩んできたアナルに舌入れながら、今まで触れなくても後ろだけで感じていることをはっきりとあらわしている屹立したペニス。それに手を添えると、溢れている精液を亀頭に塗り込ませるながら強弱を付けてしごいていく。
「久志…、お願い、前より、後ろ…。お尻の穴にお前が欲しい…」
 涙を流しながらもっと激しい快感を求めている秋彦は、理性と云う言葉を頭から排除し、腰を振りながら懇願する。久志は、秋彦のアナルの緩み具合を確認すると、たっぷりと唾液を穴に押し込む。そして、秋彦の頭が自分の方に来るように動かすと、両手を双丘にそえて、奥を広げ自分自身を埋め込んでいく。
「ぁ…、ああ、うっ…。はぁ…」
 挿入時の衝撃をゆっくり息を吐きやり過ごすと、秋彦はベッドに両腕を付いた。久志にウェストを支えられながら、秋彦は上半身をもたげゆっくりとペニスの上に腰を落としていく。
「くっ…、ぁ…、ああ…」
 股の上に腰を下ろし、久志自身を全て受け入れると秋彦は何度か深呼吸をした。久志は呼吸が収まるのを待ってから秋彦を自分の胸で抱きしめる。
「ちょ…、ちょっと待って…、ひ、久志…」
 受け入れているペニスが躯の中で蠢き、秋彦は悲鳴を上げる。けれどゆっくりと動かされる久志自身に受け入れている部分の熱が体温と一緒にどんどん上がって行くのを秋彦は感た。ゆるゆると動いている秋彦の腰を支えている久志は、躯を暴く速度を速めていく。
「ぁ…、あ…。も、もっと…。そう深い…、いい、もっと」
 久志が動きやすいように足を大きく開きながら上げると、直接云い部分に伝わってくる快感に秋彦は、全ての身を任せた。
 自分が動きやすいようにしてくれている様子に、久志はつたない行為の全てをかけて秋彦を愛していく。
「あ、秋彦…、愛している…。秋彦…」
 熱に浮かされたように二人は益々高みを目指し、お互いの腰を早めていく。


 どこからか聞こえてくる三味線や太鼓、そして唄声。
 短時間で何度も行った激しい交わりに、いつしか寝てしまったらしく、久志が目覚めると空は闇に包まれていた。
 隣で休んでいる秋彦を起こさないように、静かに躯をもたげると、久志は乱れた長い茶色の髪をすいていく。
 さらさらな奇麗に手入れされた髪は、そこら辺の女性よりも輝いて見える。秋彦の頬に唇を寄せると、久志は襖の閉められた座敷に目線を移す。
 生まれた頃から見知っていた秋彦とこんな関係になったのは半年前。
 あれは、桜が咲き始めた頃だった。
 その時秋彦は別の男を愛し、躯の関係を持っていた。
 相手は、十四歳の時に秋彦を見初め、秋彦を日本画のモデルに使いたいと秋彦の父親と母親に頼み込んだ今では大家と呼ばれるほどの日本画家…、溝口一夫。
 溝口は秋彦に男に抱かれる喜びを教え、それが幸せなのだと教えた男だった。
 半年前の春の出来事がなければ、秋彦は今まで通りの生活を送りっていただろう。そして久志の方は秋彦を愛していることも、抱きしめることも無かっただろう。
 あの桜の花が満開の暖かい、昼下がりの出逢いが無ければ…。


to be continued
こんな云い分けして云い訳...
えーと、これは10月に参加したコミックシティで配布した無料小説です。
これを書き始めたきっかけは、芸者ものを書いてみたいと思ったからです。
そして、この小説は、今年の三月のJ・Gardenで発行を予定しています。
よかったらそちらも楽しみにしてください。
おとの
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