2002/12/14
Aquarium〜現実主義者は見る夢を〜
 
第一章
1.横浜市内 繁華街 11:55 p.m.
 華やかな潤色に近い色の照明が、煌々と輝くここは横浜。
 新宿、渋谷ほどの混雑も派手さも無いが、それでも夜の繁華街は賑やいで、酔っぱらい千鳥足で帰途につこうとしているもの、新たな酒場を求めるもの、訳もなく集まりしゃがみ込んで話しているもの、そして燃える夜を求めるカップルと、いつになっても眠る事なく、夜を楽しんでいる。
 その中央にある、某有名ゲーム会社が経営しているアミューズメントセンター…、所謂ゲーセンの二Fでは、部屋の内電は暗めにしてあるが、外の明るさに負けじと、眩しいばかりの何色もの目に痛い色の照明がギラギラし、賑やかな音が不協和音の如く響き渡り、スロット、競馬等の様々なコインゲームが立ち並ぶフロアになっていた。そこで、またひときわ賑やかなドラムの音が鳴り響く。
 スーパージャックポット…、大人数が同時に遊べるコインゲームで、その中でも通常以上にコインが大量に入手出来る特別な機能…、が動き出す。
 "ガーンガーンガーン"と云う銅鑼の音のような派手な音が、フロア内に高らかに響き渡り、それと一緒に浮き足だった店員のうるさいほど興奮したアナウンスと、客達のざわめきが聞こえてくる。
『またか…』
 そう呟くと、大塚 朗(おおつか あきら)は、深い溜息を付いた。
隣で勝ち続ける男を見つめながら…。
 二人座りの席がサークル状に十機連なったゲーム機。
 このゲームをしていると世の中は、ついているやつと、そしてどん底まで運の悪いやつの二種類だという事を嫌と云うほど思い知る。
 大塚の隣では、現在この世の運が全て与えられたように、三度目のスーパージャックポットを出した男が、ボーっと運良く当たった数千枚のコインの排出を待っている。
 そして大塚は、それを横目で見つめながら、どんどんコインが飲み込まれていく…。
 いつもならそんな運の良いやつが隣に居ようものなら、大塚はむかっ腹立ててこんなゲーム機とはさよならしている所だった。
 しかし今日はどんなに惨敗していようが、このゲームに勝ち負けは無いが当たらなければ散財しいしまおうが、絶対にこの席から離れたくはなかった。
 その理由は簡単で、隣の当たりまくっている男に大塚は興味があったからだった。
 何せそのラッキーボーイは大塚好みのすっきりクールな雰囲気を持った美人で、そして不思議な雰囲気を持っている。
 不思議な…と云うのは、その美人がさっきからコインをバカ当たりしているにもかかわらず、一向にそれを気にしていない様子で、ただ何も考えていないように感情が表に出ず、淡々とゲームをやっている。
 それがポーカーフェースなのか、それとも別の何かを考えているのか…、は、全く見当が付かなかったけれど、大塚にはそんな様子が更なる興味を生み出していた。
『超好みなんだよな…』
 隣の男を、横目でちらちら覗きながら大塚はそう小さく呟いた。
 その男はクリエータか何かを想像させるような服装で、プレスしていない生成のシャツと、ブルージーンズにスニーカーとラフな格好。
 シャツから出た整った顔は、外に出る仕事ではないのか、それとも持って生まれたものか判らないが、思いっきりそそられるくらい真白き肌、そしてそれにはしみ一つ見当たらない。
 髪型に頓着しないのか延びきったショートヘアだったが、不潔さを全く感じさせず薄茶のさらさらで癖の付かなさそうな真っ直ぐストレート。
 少し痩せ過ぎかとも思える体躯だが、顔は多分世の中の女共だったら美青年と形容して騒ぐに違いないほど奇麗な男だった。
 ちょっともったいない事に、それを隠すかのごとく縁なしの眼鏡を掛けていた。
 だがしかし、そうこんな別嬪には滅多にお目にかかれない。
 そう、すきあらば!などと浮かれた考えで何度も視線を送っていたが、相手は全く気付かない。
 それ所か、その思いは神にも届かずに…、ただただ手元のコインだけが空しさを醸し出すように減っていくばかりだった。
 溜息混じりに席へ荷物を置いて、大塚は立ち上がり、財布から千円札を取り出すと、またコインを買うために両替機に向かった。
「待てー」
 両替機の前でコインに交換しようと千円札を財布から出した時に、そんな聞き慣れた叫び声が聞こえてきたのは…。
『おやおや…』
 呆れながらそうぼやくいていると、十四、五歳の後ろを気にしながら走ってき、大塚の横を通り過ぎようとした。
『ふふン…』
 その状況に有る程度の察しがつき、そう笑うとわざと少年の目の前に足を出すと、その少年はその足に引っかかり転んだ。
「いっ、いてーなー!!」
 逃げているのを邪魔されその少年は、自分を煽るように見下ろしている人物にくってかかる。けれど大塚はにやりと笑って足下で転がっている少年の方を、猫でも持ち上げるように首根っこを掴んだ。
 そこに、その少年を追っていた…、制服姿の若い警察官と、走ったせいか元々は高級なスーツが着崩れ、息をぜいぜい切らしている、パッと見た感じは高校生にも見える青年が登場した。
「どうしたんだ、こんな子猫に…」
 声を掛けるとスーツの青年は、少年を持ち上げている大塚を見付け、"あっ"と云う驚きの声と、そしてほんの一瞬だったが嫌な顔をする。
 しかし、その青年は元来まじめな性格なのか、直ぐにぴっと立つと、敬礼をした。
『おいおい…、ここでするか?』
 ここはアミューズメントセンター、自分はゲームを楽しんでいるパンピーな客。
 そんな状況に対するT.P.O.を全くと云っていいほど考えて貰えないその生真面目な態度に、苦笑しながら、いらない荷物でも放るかのように少年を下に落とした。
 その一部始終を見ていた警官は、何の事だか今一理解出来ずに、怪訝な表情をしながら途方に暮れ、何となくこの二人の人間関係を察して、報告をする。
「あ、いや…。万引きの通報が有り、尋問中に逃げ出しまして…」
「あ、そ…」
 興味のない報告と、辺りの客がざわつき始め、こんなごたごたはいい加減にして欲しいと、大塚は大きく溜息を付いた。
 そんなふてぶてしい様子に直立していた警官が、スーツの青年に小さな声で訊ねる。
「あの…、県警の捜査一課の方ですか?」
 "あ?"と大塚は迷惑そうに眉間に皺を寄せて大塚は、"お前のせいだ"と云ううんざりした顔でスーツの青年を見つめる。
 スーツの青年はまるでどこぞのファーストフードのメニューに書かれている"スマイル0円"と云う、少女漫画なら小花が飛び散る笑顔で警官に云う。
「あ、えーと、こちらは県警の情報システム部のかたで、大塚 朗巡査部長です」
 まるで自分の事のように紹介するスーツの青年をじとりと恨めしそうに見つめながら、大塚は警官に会釈をする。
 そう紹介されてもどう反応していいのか判らないらしく戸惑っている警官の姿に、苦笑しながら大塚は二人を追い立てるように左手であっちいけと手を振る。
「俺、関係ないから…、早くそれ持ってどっか行って。県警捜査一課、希望の星、吉川警部!」
 吉川 優(よしかわ すぐる)警部。
折角楽しく遊んでいた気持ちも知らずに、人目を考えず、警官に紹介されたり、挨拶と云う仕打ちを受けた大塚は、高そうなスーツを着崩しながらお花が咲くような笑顔で走っていた吉川に受けた嫌がらせをそのまま返すようにわざとそう云った。
 しかし、吉川には大塚の気持ちも伝わらずに、すがすがしい笑顔で先に行くよう指示をしする。警官は戸惑いながら吉川と大塚に軽く敬礼をして、少年を連れ去って行った。
 その姿を笑顔で見送る吉川に大塚はぼそっと尋ねる。
「何でよっしーが残るの?」
 その言葉に吉川は笑顔を消し、子供のように口を尖らせて、頬をぷっと膨らませる。
「よっしーじゃありません、吉川ですって…。何度云ったら判ってくれるんですか?」
 ぶつぶつ独り言を云ってるかと思うと、いきなり思い出したように"あっ"口を開く。
「それより…、大塚さん!こんなところで何してるんです?」
「え、見て判らない?」
 そう云ってニヤリと笑うと、大塚はさっき千円を入れて交換したコインの入ったカップを取りだし、吉川に自慢げに見せた。
「? 何です、それ?」
 不思議そうにそれを覗いている吉川は、本当にそれが何だか判らない様子で、眉間に皺を寄せて悩んでいる。
 その姿を見て、大塚は呆れながら溜息を付く。
「よっしー、勉強ばっかりしてると大きくなれないぞ…」
「大きくって、すみませんね、チビで世間知らずで…。で、それを持って…、ここで何してるんですか?」
 真剣な表情で訊ねてくる吉川の肩を哀れみを交えて何回か叩き、大塚はゆっくりと荷物を置いて確保していた二人座りの席に付く。
「よっしーもここ座りな…」
 "はぁ…"と呟きながら吉川は、渋々大塚の隣の席に座る。それを見計らって大塚はふてぶてしい笑顔でニヤリとし、コインを数枚ゲーム機に投入する。
「こうやってコインで遊んでるの。隣、座って一緒にやる?」
 そう云って大塚は、吉川にコインを数枚渡した。
 それを呆然としたまま吉川は受け取ったが、しばしコインを見つめてから”ハッ”と我に返って慌てる。
「だ、ダメですよ!コインの譲渡は風営法の七号関連に引っかかります!!」
「真面目なこって…」
 真剣にコインを握り締めたまま顔を真っ赤にしている姿が可笑しくて、大塚はわざと揶揄うように笑いながら質問する。
「俺は、よっしーみたく現場の人じゃないからね〜」
「でも〜」
「"でも〜"、じゃないでしょ?それよりよっしーこそ何で補導なんてやってるの?君、捜査一課のお巡りさんでしょ?ましてあんたキャリア組じゃないの?」
 大塚が云うように吉川は国家一種で入署したバリバリのキャリアな職員だった。
 有名国立大学をほぼ首席で卒業し、最短で警部まで駆け上り、将来は国家のトップを担う事が出来るはず…、だった。
 だがしかし吉川は元来おぼっちゃま育ちのせいか、それとも性格がボーっとしていてか、大塚が見ていても警察官と云う職業に一番不向きなタイプだった。
 いつみても現場ではぷかぷか浮いていて、そのせいもあってなかなか居場所が無かったそんな彼との出逢いは、一課に呼ばれて誰かのマシンをセットしに行った時に、話をしたのがきっかけだった。
 そんな吉川が今している仕事の内容を、呆れながら質問してくる大塚に、頬をほんの少し赤くして、照れながら恥ずかしそうに小声で返答する。
「あ、いや…、そのヘルプで…。人出が足りないって云うので回されたんです…。西区の生活安全科に…」
 吉川を同情するように肩を、もう一つポンと叩いて大塚は呟く。
「生活安全って補導屋さんね…。大変だね…、君は不詳続きの神奈川県警を背負って立つ社員さんだもんね」
 深い溜息を付いた大塚の云い方がわざと茶化した云い方に聞こえた吉川は、いつものお花が咲いたような笑顔を少しだけしかめる。
「そう云う大塚さんだって、そこの職員でしょ!」
「え?だって俺、情シス…、情報システム部だもん。お巡りさんって云うより、コンピュータ屋さんだもんね〜」
「はい、はい…」
 情シスという名の印籠をさも偉そうに振りかざす大塚に、いつも自分の部員が迷惑を掛けている事もあり吉川は、反論出来ずに子供のように口を尖らせた。
「それより、よっしー、行かなくていいの?お仕事中でしょ、君。こんなにここでさぼってちゃまずいでしょ?」
 吉川は”あっ”と声を出し、その言葉に慌ててコインを置き、立ち上がった。
 そんな子供みたいな姿に大塚はクスリと笑いながら、さっき自分でここに座れと云ったにも関わらずそれに気付いていない吉川を見ていた。
「あ、行きます!では!!」
 打てば響くようなその様子に笑顔で、手を軽く振りながら吉川を見送ると、大塚はもう一度溜息を付き、改めてゲームに向き直った。
 嵐が過ぎ去り、周りの視線から無事ではなかったが、やっとの思いで逃れ、煙草に火を点け、紫煙を吐き出す。
 一服終わりやっと落ち着けた大塚は、ゲームを再開しようとコインを掴みながら、先程から気になっていた美人な男をちらっと見やる。
 すると既に姿は無く、隣はとってもライトなカップルに変わっていた。
『ちっ…』
 
  新しい恋の機会をつぶされ、残念そうに舌打ちした。
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