二人の出会いは小さな賭から始まった。
ある年、有名国立大学文学部に二人の有名人が入学して来た。
一人は本田 貴史、ドラマのゴールデン枠の常連で、少し陰のある役が得意とする二枚目俳優で、男女問わずに人気があった。もう一人は、10歳からモデルとして活躍し、雑誌の表紙、グラビアを飾り、そしてステージモデルとして東京コレクションにも出ていた、一色 薔子。
二人の名前を知らない者はおらず、本人の意思とは関係なく何かと話題に上がっていた。
ある日、本田のファンの学生と一色のファンの学生がお互いのプライドを掛け賭をした。
それは本田と一色とどちらの知名度が高いかと云うものだった。
ほんの些細な賭が、時間を置いて学校全体に広がり、学内外の学生を巻き込み、その賭はある大きなモノになった。
しかし、その話題の二人はそんな賭のことなど、どうでも云いと思っていた。
お互いに出会うまでは...。
そんな頃だった、大学の図書館で偶然二人は出会った。
賭の噂はお互いの耳に届いていて興味の対象では合ったが、直接逢ったことの無かった二人はその噂の対象に引かれ合うように出会ったその瞬間にお互いはお互いに惹かれあい、つき合いが始まり、気づいた頃には、共に暮らし、子供が出来ていた。そして二人は結婚した。
二人の若すぎる結婚と日本を代表するトップモデル一色の出産は世の中の話題をさらい、雑誌やテレビのワイドショーでも大きく取り上げられ、産まれてきた子供は本人の意志とは関係なく世の中の注目の的となった。
世の中が二人を祝福している頃、学内での賭は忘れ去られていた。
その日の午前中は残暑厳しく雲一つない晴天だったが、午後になって少しづつ雲が広がり始め、黄昏を告げる時刻にはその雲は厚くのしかかり、今にも泣き出しそうな空模様に風が少しづつ強さをまし始めていた。天気予報では夜半過ぎには台風の接近と告げていた。
和威のスタジオ兼自宅のサンルームでは、和威とかおるそして学校が終わってから到着したJUNが重い時間を過ごしていた。
最初の予定では、JUNのインタビューをしながら、楽しい時間を過ごすはずだった。
しかし、一冊の週刊誌は状況を一変し、お互いの自己紹介まではしたが、その後、和威もかおるもその記事が気になり言葉が見つからなかった。
ただ、状況を知らないJUNだけが、この空気の重さに絶えられずに話を始めた。
「どうしたんですか?和威さんも星野さんも...」
和威は右眉を釣り上げ、かおるの様子を伺がった。”私を見られても...”そんな態度で和威を見つめ返すかおるの姿に、軽く息を吸い、思い切って記事の事をJUNに訪ねる覚悟をした。
「...週刊誌...」
JUNは小首を傾げて綺麗な杏(アーモンド)型の瞳をぱっちりと開ける。
「? 週刊誌ですか?」
無言で持ってきた週刊誌をかおるはJUNに差し出す。
”拝見。”と云って、エドワ−ズとの記事の書かれている頁をJUNは読み、にこやかに笑った。
「あぁ...この記事ですか。今日、学校の友人にも見せて貰いました。学校や家にも記者さんがいらしていたみたいでしたし...」
あっけらかんと云ってのけるJUNの姿に和威は少しだけ違和感を感じた。
「あの、こういうゴシップ記事の掲載って、今に始まったことじゃないんで...」
「今に始まったことじゃないって、今までもあったの?」
かおるは急に乗り出して首を傾げながら質問した。
「ええ、日本では書かれた事は有りませんでしたが、パリやNYでは何度か記事にされました。エドワーズの”お稚児さん”なんて人に云われた事もあったっけかな?」
「向こうの人ってそういう話題好きよね...きっと...、日本もかな?そう云えば聞いた事があるんだけど、エドワーズがバイって噂、ホンと?」
「かおる!やめろよ」
和威は、慌ててかおるを静止した。しかしかおるは反対にそんな和威にくってかった。
「思っていても云わないっていうのは相手に一番失礼なのよ和威! ねーJUN君」
「え...、どうでしょう...」
いきなり話を振られ戸惑っているJUNの姿を見て和威は呆れるようにかおるに云った。
「ほら、JUNだって困ってるだろ。デリカシーちゅーもんがお前には無いのか?」
「ひっどーい。こんなに人に気を使って生きている私に対して!!」
和威とかおるのやり取りにJUNは思わず吹き出してしまった。かおるはそのJUNの姿を見て拗ねた様に文句を云った。
「あー、和威のせいでJUN君に笑われたじゃない!!ひどーい」
「お前のせいだろ!!」
「や、やめてください。喧嘩なんて...。あの、エドワーズは良くしてくれますが、記事の様な性的にと云うのではないんです。他人から見るとエドワーズにかわいがられている様に見えるし、あの両親の息子だってだけでもゴシップに載りやすいでしょうし、それに、それによく母に似ているから若いときの母の代わりの様に云われますから...そう云う記事も出てしまうんでしょうけど、そういうのは昔から云われていますから...あの、もう慣れてしまっていて気にもならなくなりましたから...」
”JUN...。”ぴったりと張り付いた笑顔のまま、そう簡単に云い放ってしまうJUNが悲しかった。
自分の言葉で沈んでしまった空気を必死に明るくしようとJUNは話題を変えた。
「それよりも!あ、あの...。お二人は、和威さんとかおるさんは本当に仲がいいんですね」
「そんなこと絶対ないわ!!」
そのJUNの様子にのった様にかおるはムッとして間髪入れずに答え、和威は頭をかいた。
「そんなこと無いけどな。中学からの腐れ縁さ。それより雑誌の方って、その...」
「あ...。事務所で何とかしてくれますから大丈夫です。」
JUNは更ににっこりと笑った。そんなJUNの”無理に笑ってます”と云う態度がさっきと同じ違和感を感じさせた。
「ねー、そんな事よりも。JUN君、和威、お腹すかない?」
「え?お腹ですか?」
そう云われて不思議そうな瞳でJUNは自分のお腹を見た。かおるはそのJUNの姿をクスリと笑いながらサンルームに掛けてある時計を見た。
「もう6時じゃん。夕飯食べにいこー」
「って、お前ねえ...」
「げー、雨降ってるじゃん」
かおるは窓を見つめて云った。外の様子で雨は丁度降り出したばかりの様だった。
「そう云えば!!和威、あんた料理得意じゃん。なんか作ってよ。よろしくーかずいせんせ」
「...。へいへい」
渋々と席を和威は立った。そして、思い出した様にかおるを見てニッと笑う。
「あ...そうだ!今晩は良いナスが有るから、ナスづくしなんてどうだ?」
「...。そんなことやったらJUN君にあんたの有る事無い事すべて云ってやるから」
「それは...ちょっと」
「じゃ、絶対ナスなんて使わないでね!」
「へいへい。じゃ、ちょっくらいってきま」
「よろしく」
すごすごと和威は部屋を出て行き、かおるは和威の方を見ずに手を振った。
「ナスお嫌いなんですか?」
「ちょっとね...。天敵なの」
「はぁ...、天敵ですか...」
かおるは、頬杖をつきながら首を傾げて外をぼーっと眺めて呟いた。
「台風が来てるんだってさー。明日、土曜日でよかったね−。一応会社休みだしさ。あ、学校は有るんだよね」
「...はい」
JUNの硬い表情にかおるはクスッと笑う。
「緊張しなくても取って食ったりしないから大丈夫。それよりごめんね。あの男気を使っているつもりですんごく不器用だから...」
「...」
少し頬を染めて照れたJUNの表情にかおるは軽く微笑んだ。
「それにしても、大変だね...。有名人」
JUNの頭をかおるは優しく撫でた。しかし、JUNは嗚咽を吐くように呟いた。
「有名なのは...両親で、僕は有名なんかじゃありません...」
そんなJUNの気持ちを理解したのか、かおるはその言葉に答えずにフッと優しく笑っただけだった。JUNは自分の気持ちを誤魔化すようにさっき二人に云った質問をもう一度した。
「あ...あの、それよりも...、本当に仲がいいんですね。さっきも...」
「やいた?」
エッっと狼狽えたJUNの姿にかおるはカカカッと笑う。
「かーあいー。和威も云ってたでしょ、ただの腐れ縁。中学のクラブでかっこいい男の子がいたのでナンパしたら引っかかりました。それが佐伯 和威君でした。今は悪ダチってかんじかな、以上」
「あの...同じクラブって」
「ああ、写真部。私ってば子供の頃からファッションショーとかあこがれていたわけだ。で、カメラマンならショー行けるかな−って、モデルってがらじゃないじゃん。でもさ、体力限界感じたんで記者になりましたー。今はまだ駆け出しだけどね」
懐かしそうに微笑みながらかおるは話を続けた。
「そ云えば、JUN君はなんでモデル始めたの?一色 薔子...お母さんの影響?」
「...エ、エドワーズに頼まれて...です」
云いにくそうにその名前をJUNは出した。ああいう云い方をしたものの、実際は記事が気にならないわけはなく、今エドワーズの名前を出すとまた記事の事を蒸し返してしまいそうで、気後れしてしまうのだった。
しかし、かおるはそのJUNの心配とは反対に優しい笑顔のまま答えた。
「へーすごいね。デザイナー直々にか、かっこいー。そうだ。学校って、アルバイト平気なの?」
「あ、あの。子供の頃からモデルをやっていて...。モデル始めた方が高校生になるよりも先でしたから、モデルをやりながら通える学校を選んだので」
「えっ!でも”私立明優”だよね?確かに自由な校風って聞いてるけどさ...」
かおるは物凄く驚いた声を出した。しかしJUNは何で驚いているのか少しも解らずに学校の説明をしていく。
「そうですね、試験は前期と後期だけですし、授業は単位制なので割と時間に自由は有って、通学している生徒の中には、対局の度に学校を休まなくてはいけない将棋のプロ棋士とか、舞台俳優、オリンピックを目指すスポーツ選手とか変わった生徒が多いです」
「へぇ、じゃJUN君もモデルの仕事に差し障り無く学校に行けるわけだ」
感心しているかおるに恥ずかしそうにJUNは言葉を付け足した。
「あ、あの、ただ、僕は、その...、奨学金を受けているのでテストの結果が学年10位以下になると奨学金をうち切られてしまうので試験勉強が大変ですが...」
「すごーい!ねー今何位なの?」
「え...あ...あの、9位でぎりぎりなんですけど...」
JUNは益々頬を赤らめ照れながら答えた。
「全国トップクラスって云われる進学校で!ねー、将来の目標ってあるの?」
「まだ...、決めてないです。夢は...あるんですけど...、自信がなくて...」
JUNは等々照れて俯いてしまった。かおるはカラカラと笑いながら長い自分の髪をかき上げた。
「まだ高校生じゃん。この先どう変わるか解んないんだしさ。あ、そうそう和威がカメラマン目指した時の話って聞いた?」
「え?母を見てカメラマンになったって伺いましたが...」
「そうなのよー。あやつってば当時薔子さん薔子さんてうるさくて、挙げ句にね...」
「おーい。飯、出来たぞー。何してるの?」
楽しそうに笑いながら話している二人を和威は交互に見た。
「ひみつだよーん」
「あ、まさか俺のこと云ってないだろうな!かおる」
「内緒だよ。ねーJUN君」
ここぞとばかりの笑顔でかおるは答えた。JUNは引きつった笑顔でかおるを見つめていた。
「まあいいっか...。それより飯、出来たぞ」
そう云って二人を食堂へ案内した。昨日の煮付けの残りと焼き魚ときゅうりの浅漬けに豆腐とネギのみそ汁と簡単なメニューだったが、かおるもJUNも上手いと云って食べてくれうれしかった。
食事中も三人でバカ話をして大笑いしたりしたのだけれど、楽しそうに笑いながらも時々フッと見せるJUNの寂しそうな表情が妙に和威の心に引っかかった。
食事を終えた頃には雨足が激しさを増し、和威は車を出してかおるとJUNを送る事にした。
JUNの家と反対行きのかおるが、和威の家の最寄りの駅で降り、JUNもそこで一緒に降りると云ったが、かおると和威から”車で帰れ”と怒られ家まで車で行く事になった。
かおるを降ろし、車が発進するとJUNは、静かに車窓を眺めていた様だったが、気づいた時には疲れていたのか眠ってしまっていた。
そして高級住宅が立ち並でいるJUNの家の近くに着いた頃、JUNの声がした。
「あ...。ここで良いです」
「起きていたのか?雨、強いから家の前まで送るよ。ここ右で良いよね?」
「でも...。大丈夫です...あ」
車は右に曲がった瞬間、和威は驚いた。
JUNの家の前には、どうやらゴシップ記者や取材関係者が何人かいる様子だった。
「あ...、あの、ここの道をまっすぐ200mくらい行ったところで左に曲がれます。そこで降ろして下さい。そうすればあの人達に気づかれず、和威さんは帰れますから」
「JUNは...君はあの中を家に帰るのかい?」
「ええ、あそこを通らないと家に入れませんから。でも数日の辛抱です、なにも云わなければ、その内彼らも諦めてくれるはずです」
JUNは外から姿が見えないように深くシートに腰掛け、待ち受ける記者の横を車がすり抜け、JUNが云ったところで曲がって止まるのを確認し、小さくぼそりと”有り難う御座いました。”と呟き車を降り様とシートベルトを外した。
しかし、そんなJUNの姿に耐えられず、気づいた時には和威はJUNの腕をつかんでいた。
「ねえ、今日うちに泊まってかない?」
「え...」
外は雨足が強く今の気分のように重い雲がのしかかり、車内灯だけがJUNを照らしているせいか、横で座っているJUNの顔は表情も無く白んで見えた。掴んでいた腕を和威は放し、頭をかいた。
「なんかさ...。あの中通って家へ入るよりも俺のうちに泊まった方が...」
「でも...」
「俺の家、部屋は結構あるんだよ。家の人が許さないかな?外泊。勝手な思い込みだけどさ、あの中を帰らすのは辛い。そうだ!写真撮影が押したとでも云ってさ...」
JUNが立ち上がらないのを確認し、和威は車を強引に発進させJUNは何も話さずに静かにシートベルトを締めた。
「あのさ、無理して苦労する必要ある?事情も知らないのに勝手な事云ってしまうけどさ。なんかさ、辛かったら逃げてもいいんじゃないかな?」
JUNは振り向かずにずっと無言で流れる景色を家に着くまで見ていた。和威もその後車内で一言も話をしなかった。
家に着いた時には、雨も風もかなり強くなり、これ以上戻るのに時間が掛かっていたら、あのボロ車では立ち往生したかもしれない。と和威は苦笑した。
家の近くに借りている駐車場に車を止め、JUNの手を引っ張って家へ招き入れた。
駐車場と家とはそう離れていなかったが強風で傘も役に立たず、家に着く前に二人ともぐっしょりと濡れてしまった。
家に着くと、まずJUNを風呂場に案内し、JUNが風呂に入っている間に、濡れた物をハンガーに掛け、直ぐにでも休める様に客室の準備と着替えを用意した。
そして、風呂から上がったJUNをキッチンに通し、前にかおるが持って来たホワイトチョコレートリキュールを垂らしたホットミルクを、大きめのマグカップに入れて渡した。
「ホットミルクだけど...」
「あ...」
JUNはおずおずと手を伸ばしそれを受け取った。その手は微かに震えていた。
「寒くない?俺のTシャツとスエット何とか丈(たけ)、大丈夫だね。下着まだ使ってないやつだから...どうしたの?寒い?」
マグカップを両手で俯いたままJUNは返事をしなかった。
「あのさ、JUN。俺、やっぱ、まずい事した?」
JUNはびくりと脅えたように頭を動かした。
「ごめんな...、勝手に家連れて来て。でもさ、自分勝手な云い草かもしれないけど、やっぱりあんなハイエナがたかってる場所に帰せない。それに、それに昼間のJUNの様子も気になってさ」
ハッとしてJUNは顔を上げ、眉をひそめた。
「なんだかさ、昼間、無理にJUNが笑顔作ってる様に見えてさ...」
「な、なんで...」
「俺ってカメラマンなんかやってるから、その辺鋭いんだよ」
にっこりと笑って見せた。けれどJUNの表情は曇ったままだった。
「そうだ!これから写真を、君の写真を撮らせてくれない?」
「え?」
「おーし、俺の我が儘ついでだ。さあ、スタジオへ行こう!」
JUNの腕をつかんで強引にスタジオに連れて行き、必要な照明をつけ撮影の準備をした。JUNは唖然として立ちつくしていた。
「今のJUNの顔、教えてあげるよ」
JUNをカメラの前に立たせ、シャッターを切る。JUNは慌てて表情とポーズを作る。
「そんなことしたってだめだよ。気持ちって全部写っちゃうんだよ。それよりも、そのままで素直になってごらん。俺は今のJUNが撮りたいんだよ」
戸惑ったJUNの表情が今にも消えてしまいそうな、そんな儚げな雰囲気に変わった。
そうこの表情。こう云う表情が本来のJUNの表情なのだと思った。
JUNも和威もその後会話らしい会話を交わさなかったが、JUNの両親の事、記事の事、そして普通の高校生では味わえない苦労を一人ですべてを耐えているそんな儚げな姿が一枚一枚フィルムに収められていく。
和威はそんなJUNの姿に”抱きしめてしまいたい”という思いが溢れ出しそうになり、そんな自分に苦笑してしまった。
何かを吹っ切るようにJUNは疲れたとも云わずに撮影を続け和威は黙ってその姿を収めていき、時の経つのも忘れていた。。
疲れ切って眠ってしまったJUNに気づいた時にはもう朝を向かえていた。
和威はJUNをそっと二階にある客間のベットに運び、自分の部屋へ戻りそのままベットに倒れるように眠りに落ちた。
けたたましい電話の音で目が覚めた。
まだ覚醒してない頭で電話に出るとかおるからだった。夕方こちらに来るから夕飯を用意しておけ。と用件だけ云って電話は切れた。和威は寝ぼけた頭で時計を見ると、すでに12時を回っていた。
あ!!
慌てて飛び起き、下着姿の自分に気づきジーンズを履くと急いで客間へ向かい、JUNが静かな寝息を立てて眠っているのを確認して、ホッとした。
静かにベットに腰掛けてJUNの頭を軽く撫でた。そして、JUNを起こさない様に部屋を出ると、遅い朝食の準備をした。
しばらくするとJUNがTシャツにスエット姿でキッチンに現れた。和威は入れ煎ての煎茶を手渡した。
「あ、ありがとうございます。いえ、あの、お早うございます」
まだ目が覚めていないのか、動きが緩慢なJUNは、ボーっとしていた。食卓に着いたのを確認してから、焼き魚と漬け物、みそ汁とご飯を出した。
「簡単な食事で悪いけど、どうぞ召し上げれ」
「あ、ありごとうございます。いいお天気になりましたね」
空は、昨日の嵐が嘘の様に晴れわたって清々しい日差しがキッチンに差し込めていた。そう云えばJUNの表情も、何か憑き物が落ちた様にすっきりした顔をしている。
「よく眠れた?」
「ええ、こんなに寝たのは、久しぶりです。ここずっと目が冴えてしまっていて...」
「俺なんか寝れない時は教科書とか参考書とか開くと熟睡できるけど」
「え、そうなんですか?」
「普通そうじゃない?俺授業中でも結構寝てたよ...。あ、授業で思い出した。今日って土曜日だよね?」
「はい」
「学校...」
夕べ、感情にまかせて無理矢理JUNを連れて来たけど、今日は土曜日だからJUNは学校があるはずだ...。てことは、学校を休ませてしまったことになる。和威は、”仕舞った。”と云うふうに口を開いて顔をゆがめながら舌を出した。その様子を見てJUNはクスリと笑った。
「大丈夫です。後で欠席届け出しておきます。実はモデルなんかやってるものですから、突発で学校を休む事もあって、学校も事後で届けを出せばいいと云う約束になっているんです」
「あ、そうなんだ、でもごめんな、学校休ませて」
左右にJUNは頭を振った。
「いえ...、和威さんが優しいから...、調子に乗って本当の事云いますね。映画の記事が出てから、ずっと記者について回られて、神経も高ぶってしまって、勉強も手に着かないし、全然眠れなくて。そんな時にあの記事だったものですから...」
最後に飲み込む様に”怖かった...。”
きっとJUNはこうやって今までいくつもの言葉を飲み込んでいるのだろう。
「JUN...。映画」
「え?」
「映画...出るの?」
「いえ、絶対に出ません。そんなことをしたらまた両親と比べられるので...」
この時解った気がした。きっとこれが彼のコンプレックスなんだと...。
「ねえ、これからどうする?家帰る?」
「え、あ...。あの...」
「俺はここにいつまでも居てくれてもかまわないよ」
「でも!」
「気にしなくてもいいから、あ、でもここにいるにしても勉強道具とかその他必要だよね。あのマネジャーさんとかに持ってきて貰えないのかな」
「あ、いえ...」
「じゃ、お手伝いさんとか、荷造り頼める人いない?」
「それなら、多分...」
「じゃ、荷造り頼んで貰える?取りに行くのはかおるに頼むよ。あいつ好奇心の固まりだから本田邸訪問って云ったら喜んで行ってくれる」
「でも」
「いいよ。あいつにはいくつも貸しあるし。そうだ!飯食い終わったら買い物に行こう」
「はい」
爽やかな日差しの差込むキッチンにぴったりの晴れきった笑顔だった。
食事が終わってからJUNは家に連絡を入れ、和威はかおるに連絡し、ここに来る前にJUNの家に寄る様に頼んだ。かおるは和威の予想通りうれしそうに了承してくれた。
その後、洋服をJUNに貸し、二人で当面必要なモノを揃えるために買い物に行った。
和威のジーンズをJUNが履くと、ウェストが余って、丈が足りない事を和威は嘆きはしたが、この奇妙な共同生活の始まりに胸が高まっていた。
買い物を済ませた後、家の近くの公園へ誘いJUNの写真を撮った。
”自分であるための記録が少しづつ増えていく。”
嬉しそうにJUNがそう云った。和威は本当に撮りたかった写真が解ってきた様なそんな気が少しずつしてきた。
夜になり、JUNの荷物を持ったかおるがやって来た。
かおるは、機械的に荷物を渡した家政婦らしき女性が”JUNのゴシップ記事がどんなに本田 貴史と一色 薔子に迷惑を掛けるか自覚がなさすぎだ。とさんざん嫌みを云われた”と、JUNの居ないところで腹を立てていた。
夕飯後、かおるが帰ってから、家事の役割分担を決めようとした。が、JUNは今まで家事をやった事が無いらしく、さっそく覚えてもらう事にした。
その晩遅くに和威はJUNに用意した部屋をこっそり覗いたが、それに気づかずに熱心に勉強をしているJUNの様子に声を掛けずにドアを静かに閉めた。
翌日の月曜からJUNは、ここから学校へ通い、帰ってから、掃除、洗濯、料理と器用にすべての家事をこなし、それ以外の時間は部屋にこもって勉強をしていた。
そして仕事のない時に和威は、まるで自分の日記を付ける様にJUNを写真に収めていき、少しずつJUNを知っていくのが何となく嬉しかった。
そうやって平穏な日々は過ぎていった。
そしてJUNが来て丁度一週間経った土曜日。
写真集の打ち合わせで大山出版の片岡が川村 志保子とそのマネージャーと一緒に、佐伯邸に打ち合わせのためにやって来た。
和威はその日半日で学校を終え帰宅するJUNに昼食の用意をし、来客中の応接室に飲み物を持って来る様にメモを残し、打ち合わせを開始した。
「失礼します...」
応接間のドアが開く。JUNが和威のメモ通り飲み物を持って入って来た。
「あ!! 本田君!」
いきなり志保子は叫び声を上げ驚き席を立ち上がった。
「川村さん...」
JUNも驚いた様子で志保子を見つめていた。
「知り合い?」
和威の問いにJUNが答えようと口を開くと同時にそれを遮る様に志保子が乗り出して来た。
「あたしと本田君は、私立G大付属の幼稚舎から中学まで一緒だったんだよねー。同じクラスじゃなかったけど。でも、ほら、本田君って、見てくれも、頭も、性格もいいから学校中で本田君知らないコ、いなかったんですよ。ねー本田君」
屈託のない志保子の笑顔、しかしどこか棘のある云い方に和威は聞こえた。
「え、いや、そんな...。川村さんの方が女子からも男子からも好かれて」
「そんなことないよー。なんで折角大学部までついてる学校なのに他の高校受けたの?私の友達、嘆いていたよ。でも、何で本田君が和威先生の家にいるの?」
「え、あ...」
「あ!あぁ、そう云えば、派手な記事載ってたよね。有名人の両親がいて、皆のあこがれの優等生の本田君でも、ああ云う事してるんだ。世界的なファッションモデルになるのも大変よね」
クスクスっとまるで勝ち誇った様に志保子は笑った。しかしJUNはにっこりと笑って答えた。
「そうだね。根も葉もない噂を立てられるのは、こう云う仕事をしている以上、しょうがないし。あ、あの和威さん、お仕事のじゃまをしてすみませんでした。川村さんも写真集頑張って」
軽く皆に会釈し、JUNは部屋を出ていった。
「さいてー。ほーんと嫌みなやつ。本田君って、性格悪い最低ー!」
そんな志保子の態度に、片岡も志保子のマネージャーもいつもの事と諦めているのか、何も云わなかったが、和威だけはその態度に腹を立てていた。
「あのさ、川村さん。ひがんでる女って醜いんだよ。俺は醜い女の写真、撮る気ないから」
その後、志保子とどうなったかは、ご想像に任せて...。
それでも何とか志保子の写真集のスケジュールやコンセプトはこの怒濤の中で決まっていった。
なんとか打ち合わせを終え志保子達が帰った後、JUNの様子が気になり和威はJUNの様子伺いに部屋を覗くと珍しくJUNは、ベットに腰掛けて勉強以外の事をしていた。
「何してんの?」
「え、あ、写真集を見ていたんです」
「あれ、コレって太田先輩の...。太田 修次のファン?」
太田 修次は、報道カメラマンで、世界のあちらこちらを周り、天災や紛争で巻き込まれた街の人々を撮影し、写真集として発表していた。JUNが持っていたのはその中の一冊だった。
「ええ。自分で稼いだお金で初めて買った物がこの写真集なんです」
「へー。この人さ、俺のがっこ、大学の先輩でさ。結構、目掛けてくれたんだよな。あ、そう云えば写真展、今やってなかったけ?なんか案内状来ていた様な気がしたけど」
「あ、ええ、今日から始まったはずなんですけど」
「へぇ...。何時までやってるのかな?行ってみる?これから」
”はい”とJUNは目をきらきらさせて答えた。
「じゃ決まり!着替えて15分後駐車場」
週末にも関わらず道路は珍しく空いていて、写真展をやっているギャラリー近くの駐車場までそう時間が掛からずに行けた。
写真展は初日と云うこともあってやや混雑はしている。
太田先輩の写真は、相変わらずどれも愛情の溢れる良い写真ばかりだった。
「あれ?佐伯?」
いきなり声を掛けられ、驚き振り返ると、太田先輩が立っていた。
和威に気を使ってかJUNは、”他の写真を見てくる。”と軽く会釈をしその場を奥の方へ消えてしまった。
「おや、悪かったな、連れがいたんだ。弟さん?弟とかいなかったよな?」
「え、いやあの、今、写真のモデル頼んでるコです」
「へぇー、モデルと一緒なんて珍しいね佐伯が。男の子だよな?あの子」
「ええ、まあ...」
「佐伯が”女性のプロモデル”以外撮る気になったんだ。へぇー」
からかう様に太田が笑った、大学時代と全く変わっていなかった。
太田は子供の頃から写真展やコンクールで何度も受賞していて、芸大の写真科で有名人だった。ロバート・キャパにあこがれて写真を始め、報道写真家になるのが夢だと笑って云っていた。そして彼は、今こうやってその夢を現実のモノにしていた。
太田先輩に大学時代一度だけ、”一緒に世界を回って写真を撮らないか。”と誘われた事があった。しかし、その時は一色 薔子へのあこがれの方が勝っていたので断った。
あの頃華やかな女性の写真を物凄く撮りたかった。
今思うとどうしてだか解らないけれど...。
「ここで佐伯に逢えるなんてラッキーだな。案内状出したけど逢えるとは思ってなかったからさ」
「は?」
太田の言葉の意味が理解できないで和威は素っ頓狂な声を出した。
「お前今仕事忙しいの?」
「まあ...、それなりにですけど...」
「そっか、いやさ、今、TVの番組とタイアップの企画がきていてさ。震災とか、紛争があったりした所とかを番組で紹介するって企画らしい。で、俺が案内しながら写真撮って回るんだけど、佐伯向きの写真の仕事だからさ、一緒に手伝ってくれないかと思ってさ、来年の春からなんだけどさ」
「俺なんかだめですよ」
「そんなことないって。俺さ、お前の写真暖かくってすごく良いと思ってる」
「そんな、俺はモデル撮影ばっかりで...」
「今はそうかもしれないけど。ほら、学生時代にお前が撮った写真、新聞社主催の写真展で金賞取った。子供と遊んでる母親の写真とか、あれは感動した。平凡な構図の写真なのに暖かさが伝わって。あれ見てからお前と一緒にいつか仕事したいと思っていた。今のままじゃもったいないよ」
「そんな...もう昔の話ですよ...それに...」
”太田さん!”と遠くでスタッフが太田を呼んだ。太田はそちらに返事を返すと、和威に連絡先を渡して慌ただしく去っていった。
「考えてみてくれよ。その気になったら連絡くれ!」
太田はそう叫んで去って行った。
確かに正直、”太田と一緒に仕事をしてみたい”と云う気持ちはあった。けれど、今の自分の写真に対する不安や、それに...JUNの事もある。
今入ってる仕事を片づけるだけで半年掛かるって...。そう独り言ちた。
「和威さん!」
「え?」
JUNの声で、ハッと我に返った。JUNはクスッと笑った。
「ボーっとしてどうしたんですか?さっきの太田 修次さんですよね」
「ああ」
「すごいですよね。ああ云う写真撮れるのって、学生時代から報道カメラマンになるって決めていたそうですね。夢を現実のモノに出来るのって羨ましいですね」
「確かにすごい先輩だよな...」
賞を取るだけではなく太田の確実に自分の目標に向かって進む姿にはいつも感動を覚える。進む方向は微妙にずれているかもしれないけれどああ云う風に出来たら良いとは思う。
”けれど今の俺では...”そんな不安が和威の胸を過ぎった。
「さ、夕飯の買い出しして帰るか」
少し伸びをしてから和威は歩き出した。JUNは慌てて和威についてきながら小首を傾げた。
「和威さんは写真展見なくていいんですか?」
「え、見たよ。暖かい写真ばかりだよな...」
「ええ、とても、優しいですね」
恥ずかしそうに俯いていたJUNの頭を軽く撫でた。JUNは顔を上げ柔らかな笑顔を見せてくれた。写真では撮りきれないJUNが増えていく。その時、そう感じた。
夕飯の買い物を済ませ、家に帰るとかおるが腹を減らして待っていた。
慌ててJUNと夕飯の支度をし、三人で夕飯を食べた。
血縁関係もない三人が当然の様に集って、夕飯の時間を共有する。絆ってこんな感じなのかもしれない...。そう感じた。
「ねー。JUN君そろそろショーの準備で渡仏するんでしょ?」
「ええ、来週の水曜日に中間試験が終了するので、翌日の昼の便でパリに立ちます」
「そっか、じゃ、当分会えなくなるね。和威も寂しいんじゃない?」
春夏コレクション、毎年10月頃パリで行うコレクション。もうそんな時期なんだ。
「でも、学校もありますし、時間が空けば日本に帰ってきます。でないと授業に着いていけませんし、出席日数もぎりぎりなので...」
「あのさ、もし...」
「もし?」
JUNは小首を傾げた。
「家に帰りたくなかったら...」
「え?」
「いや、あの...さ、家に帰りたくなかったら、ここに戻って来ていいんだぞ」
自分で云った事に和威は顔が熱くなっていくのがわかった。
JUNがここに来た理由は、記者を避けるためだけだった。それは判っている。しかし...。本音は、JUNがいなくなると...。
「あ!和威、寂しいんでしょ、JUN君がいなくなるの」
かおるが和威をちゃかしているとJUNは少し顔を赤くして云った。
「もし...、もしそう思ってもらえるのであれば、うれしいです」
「だめよ。こんなの甘やかしちゃ」
「いえ、きっと家族ってこう云う感じなのかなと、最近思っていて...。いつも家に帰っても父も母も仕事が忙しくて家に居ませんし、居ても二人とも仕事の事を考えている事が多くて話も出来ません。どこかに連れて行ってもらった記憶も、TV番組で旅行したり、家族の振りをしたりはしましたが、それもピンッとこなくて。だから、こう云う風な生活や食事をしたりがとても楽しいんです」
「JUN、俺...」
「もー、嫌ね、二人の世界作ちゃって...。でも、私もこう云うの好きだわ。帰ると食事作って待っている人いるのって」
「あ、僕テスト勉強しなくちゃ」
恥ずかしそうにJUNが席を立ち、食べ終わった食器を片づけて、慌てて部屋に戻って行ってしまった。JUNの姿が見えなくなり、かおるは小さくため息を付き、腕を組んだ。
「ねえ、いつまでJUN君をここにおいて置くつもりなの?」
「え?」
「JUN君だって生活がある訳じゃない?ショーだって、仕事もそうだろうし、学校も家だってあるじゃない?家族だっているし。あんたが家族を恋しいのは解るけど、JUN君はあんたの家族じゃないのよ」
「! 俺は、そんなつもりじゃ!ただ、JUNがここにいたいのなら...」
「私ね、JUN君もここにいたいって云うのもあるとは思うの。でも、和威がJUN君を離したくないってから、こうやってだらだら生活を続けているんじゃないの?和威は何でJUN君にそんなにこだわってるのか考えた事がある?」
「...」
「いつまでもこんな家族ごっこ続けられないと思うのよ、JUN君だって成長するし。だから、そろそろ二人共前に進む時期に来てるんじゃないの?JUN君の試験が終わって、パリに行く前にきちんと話した方がいいと思う。JUN君とこれからどうしたらいいかって、このままだとあんたと同じ思いをすると思うのよ。あんたずっと会ってないんでしょ、おじさんやおばさんに。喧嘩したままで」
「...。ああ」
今までマジな顔をしていたかおるがクスッと笑った。
「和威、あんたって、ホーンと思っていること顔に出すよね。JUN君と別れるのが辛いって顔に書いてある...。ちょっとやけるな...、悪友として」
「かおる...」
「また、そんな顔して!まあ、考えて見るんだね。和威君」
そう云ってかおるは席を立って帰って行った。
それから数日、川村 志保子の写真集の件とその他雑誌のグラビアの仕事で忙しくなり、家を空けることも多くなった。試験中で部屋にこもりがちだったJUNとはなかなか逢えない。
いや、本当はかおるから云われた事を忙しさを云い訳に考えたくなくてJUNと逢わない様にしていたのかもしれない...。
JUNの試験最終日、翌日からショーの準備で渡仏するJUNのために、かおるが企画したささやかなパーティーをする事になった。
その日別のスタジオで前日から撮影をしていて帰宅時間が解らない和威は、午前中で学校を終えるJUNにパーティーの準備をお願いしていた。
仕事を終えて、やっと帰宅した時だった、招かざる客が来ていたのは...。
「ただいま。あれ、お客さんかな?JUN...?」
玄関には女物の靴があった。
かおるじゃない。かおるはこう云うデザインの履かないし、サイズも小さい。誰?
「...JUN?お客さんかい?」
そうJUNに声を掛けながら家に上がろうとした時に突然、バタン!とドアの開く大きな音がし、女の子が勢いよく飛び出して来た。彼女は、口を手でおおい、小刻みに震えてている。泣いてる様に見えた。
三和土(たたき)に立ちつくしていた和威に気づくと、その女の子は気丈な態度で笑顔で会釈をした。
「...。お邪魔しました」
「あ...」
声を掛けようとしたが、それよりも先に静かにドアが閉まった。
その女の子は川村 志保子だった...。志保子が泣いていた...。
先日、志保子が来た時のやり取りを思い出した。和威ではなく多分JUNに会いに来たのだろう。しかし、いつも気丈で、我が儘な志保子が泣いていた。いったい何があったんだろう.。”JUNと志保子の間に...”心配になり慌てて家へ上がって、応接間に入ると、JUNはテーブルの上を片づけていた。
「JUN?」
「あ...か、和威さん...。お帰りなさい、早かったですね」
テーブルからゆっくりと顔を上げ、笑顔を見せる。エドワーズの記事の話をした時の様なそんな違和感のある笑顔。
「...。川村さんが来てたんだね」
「あ、はい」
「何かあったの?」
「あ、いえ。ただ...」
テーブルを片づけながらJUNは柔らかな笑顔で答えた。
「JUN」
「い、いえ、何でもないんです」
ここ数日生活を共にしていて感じていた。JUNは一番辛いと感じる時はいつも微笑んで辛さを耐えていた。周りに心配を掛けないための精一杯の強がりなのかもしれない。
しかし、今は、俺にまでそんな他人行儀な態度をとるJUNに苛立ちを感じた。
「JUN...。川村さん...泣いてたみたいだったけど?つっこんだ事聞いて悪いけど、何があったか教えてくれない?俺にだけはその辛さ分けてくれないか」
「僕は...」
綺麗な杏型の瞳を見開いた後、JUNは頭を左右に振った。
「僕は...、ポーカーフェイスが上手いと思っていたんですが、和威さんには...ばれてしまうらしいですね...」
そしてゆっくりと言葉を続けた。
「云われました川村さんに...。高校を変えても僕は全く変わらないうそつきのままだって」
「...」
「確かにそうなんです。周りによく見られるためなら何でもして、良い子ぶって、優等生気取って、そんなことを子供の頃からやってるものだから、それで正しい様なそんな気がしてしまって。エドワーズに笑って母の代わりだって解っていながら媚びたり。嫌だって口では云いながらモデルの仕事も続けてる」
「JUN...」
JUNは自分の躯を自分で抱き締めるように腕を組み、もう一度首を左右に振った。
「怖かったんです。僕は、僕に優しく声を掛けてくれる人間に疎まれるのが...」
柔らかい笑顔でJUNは笑い掛ける。その微笑みは更に和威の中でイライラを募らせていった。
「じゃあ、あの記事も本当なのかい?エドワーズとその...」
「いえ!!そんな関係じゃありません!」
JUNは目を見開き表情を険しくし、そして声を小さくして言葉を付け足した。
「確かに...、確かにエドワーズは大切にしてくれます。けれど...」
和威はエドワーズの名前に益々苛立ちを募り自分の感情が流れ出していった。
「エドワーズや他の人たちにも好かれたくてJUNは抱かれていたのかい?」
「!!」
JUNは躯を自分の両手で抱いたまま、小刻みに震えている。しかし、JUNへの苛立ちが次から次へと流れだし止まらなかった。
「そうやって、自分をよく見せ様と躯まで投げ出す奉仕精神には感動だね。君はそうやってのし上がって行くのかい?だったら俺にもやって見せろよ。エドワーズともいつもやっている様にさ...」
云い放って、和威はJUNを強引に引き寄せ、顎を掴み唇に噛みつく様に唇を重ね、口蓋を思い切り擦り上げ、ズボンの上からJUN自身をギュッと握った。
一瞬何が起こったのか把握できない様に身動きが出来なかったJUNが、ハッと我に返り、胸をグッと押し和威から離れ様と暴れた。
「そんな...。ぼ、僕は...そんな...」
和威の止められない思いがJUNを貪っていく。JUNの衣服を無理矢理はぎ取り、首から胸の飾りを貪り、そしてズボンを、下着を降ろし、JUN自身を直接握る。
「あ...。や、やめて...」
必死に逃れようとするJUNを無理矢理力で押さえつけ、和威は唾液で濡らした指で、JUNの蕾を強引にこじ開けていく。
焦点の合わないJUNは瞳から涙が止めどもなく溢れ出した。
「あ...い、痛い...。か...、か、ずいさん...や、止めて...下さい...」
そんなJUNの懇願さえ和威の耳に届かず、和威の指はどんどんJUNの中で蠢く。
「あ...」
その蠢く指にJUNの躯は反応を示し、和威に握られていたものが形を表し、先端が少しずつぬめり始める。
その羞恥心でJUNはもう一度和威から逃れようとした。
「JUN...。行かないでくれ!俺から離れて俺の知らない所に行かないでくれ!!」
「...か...ずいさん...」
何度も熱病におかされたように、何度もそう云いながら和威はリビングのフロアに押し倒し、覆い被さって、邪魔な衣服を完全に取り去り、思いっきりJUNの足を抱え上げ、自分の自身でJUNの蕾を開花させていく。JUNは和威の言葉に抗うことを止め、苦痛に満ち声を押し殺して耐えているように感じられた。
目の前が真っ赤に拡がっていた。
しばらく和威はぼーっとしていると、夕焼けがリビングを赤く染めていた。
少しずつ頭が覚醒していく。
夕べは夜遅くまで撮影をして、その写真を現像してポジにしてから帰ってきて...。
JUN!!
慌てて飛び起きリビングを見回す。
静まり返った部屋の中には何処にもJUNの存在を感じさせなかった。けれど和威の躯にはJUNの感覚がまだ残っているのに...。
謝らなければ...。JUNは許してくれるだろうか。今まで通りの生活が出来るんだろうか?そんな不安が心をよぎる。
JUNになぜ惹かれ、JUNをなぜ撮りたいと思ったんだろうか...。
様々な事に真剣に悩み、泣き、笑い、そんな表情を持つJUNに惹かれた。そして、それはモデルという枠を越えていた。
JUNはどう思ってくれているんだろうか?これから先もJUNと共に暮らしていきたい。JUNと別れたくなかった。
JUNに謝らなくちゃ...。
二階のJUNの部屋...客間に向かう。深呼吸を数回してからドアをノックする。返事は返ってこない...。
「JUN、謝りたいんだ。入るよ」
ゆっくりとドアを開け部屋を覗いた。
しかし部屋にはJUNの姿も荷物もなくガランとしていた...。
そして机の上にはきれいな文字で、手紙が残っていた。
”和威さんに甘えすぎていたのかもしれません。短い間でしたが楽しかったです。有り難う御座いました。”
JUN...。
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